先輩と後輩 | ナノ

はじまりは、宮地の何気ない一言だった。


「つーかさ、なんで名字のことだけ『先輩』ってつけてんだよ」
「…え?」


放課後の部活中、筋トレに励んでいた高尾にとって唐突に宮地から訊かれたことが不思議でたまらなく、スクワットをする格好のまま止まってしまった。
両腕、両足、腰を曲げたまま瞬きを繰り返し、ようやく喉から出たのは、なんとも間の抜けるような声。
突拍子もない質問を投げかけられたが、高尾はすぐに答えられない。
それがどうしてなのか自分でも判らず、とりあえずスクワットの格好を止めて頭をひねった。


「いやぁ、オレも分かんねーんスよねぇ…」


言われてみれば、確かに主将の大坪を始めとする3年生(主にレギュラー達)はみんな名前のあとに「サン」をつけて呼んでいる。
だが、同じ3年生の名字だけは「サン」ではなく「先輩」。
同学年の宮地からすれば至極不可解な事なのだが、高尾本人までもが判らないらしい。
高尾の返答に、宮地の額に青筋が浮かぶ。


「お前、名字のことが好きとかじゃねーだろーな?」


ピキ、と青筋を立てながらまた訊けば、一瞬だけ高尾の目がひらいた。
それはほんの一瞬で、高尾自身も気づいていない。
離れた位置からシュート練習に励む緑間のシュートが決まり、ゴールネットを抜けたボールの音でハッとした。


「えー?バレましたー?」
「アハハー、高尾マジコロス」
「え!?」


普段、緑間を散々いじっている高尾が宮地にいじられている光景は珍しい。
緑間も例外なく、ゴールネット下に落ちたバスケットボールを拾う動きが止まった。


「ん?あれ、宮地も高尾くんも何やってるんだ?」
「!、名字先輩」


立ったまま2人を見ていた緑間に、タオルやらドリンクを大量に抱えながら名字が声をかけた。
部員数が多いということは、その分マネージャーの仕事も多い。
毎日忙しなく働く名字の腕には、いつも山のようなタオルやドリンク、テーピング道具が抱えられている。
ふたりは元気だねー、と他人事のように笑う名字を一度見たあと、緑間は持っていたボールをカゴにシュートして、名字の腕の中にあるものの半分を持った。


「半分、持ちます」
「え?悪いからいいよ。これはおれの仕事だからね」
「持たせてください、名字先輩」


緑間が強くそう言えば、決まって名字は眉をさげる。
彼は頼まれ事は断れず、責任感が強い。
故に無理してしまう癖があり、どうしても彼を放っておけなかった。
名字はうーんと渋る。
彼のなかで葛藤している様子が表情から読みとれる。


「ん、じゃあ緑間くんに手伝ってもらおうかな」


ほんの少しだけ悩み、名字は自分よりも僅かに高い緑間を見上げてそう言った。
綻ぶ名字の微笑みに緑間の頬が桃色に染まる。


「テメッ、オレのこと先輩だと思ってんなら敬え!」
「宮地サンこそ!名字先輩みたいに後輩を可愛がってください!」
「誰がお前なんか可愛がるか!」


体育館で鬼ごっこをはじめだした宮地と高尾。
話の内容がひどくくだらないと感じるのは緑間だけではないだろう。
名字だけは困ったように笑い、彼が控えめに「ちゃんとストレッチしないとダメですよー」と叫ぶと、叫んでいた高尾が瞬時に反応して名字の元へと駆け寄ってきた。
途端、緑間の眉間に皺が寄る。
対照的に、高尾は名字からタオルを渡されて嬉しそうだ。


「あーほんと名字先輩癒されるー!つーか真ちゃんだけ抜け駆けとかズリー」
「何事にも人事を尽くすことが大切なのだよ」


言って眼鏡のブリッジを中指であげる緑間の眼鏡の奥には、挑発的な強い瞳があった。
その視線を受け止めるかのように、高尾は緑間を見つめ返す。


「緑間!高尾!!名字から離れろ!」


そう怒鳴りながら近づいてくる宮地を抑えるのは、木村と名字の役割だった。


(2012.10.11)


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