先輩と後輩 | ナノ


秀徳高校に入学してバスケ部にも入部して、ずっとずっと大きな影を追ってきた。
普段の練習から他校との練習試合、公式試合にだって一切手は抜かず、どんなときでも部員たちを支えてきた「あの人」をずっと見てきた。
ストレッチにしたって、休憩のドリンク配りからアドバイスにしたって、「あの人」がサポートすればするほど絆は結ばれていつも勝利に導いてくれた。

そんな「あの人」がもうすぐ部活を引退すると聞いたとき、いてもたってもいられなくなった。
「あの人」がいたから、辛い練習にも耐えてこれたのに。
「あの人」がいたから、好きだったバスケがもっと好きになって頑張れたのに。


「T大ってスゲーレベル高んだろ?」
「偏差値は東京の片指に入るほどらしい」
「えっ、マジかよ!マジ名字先輩すっげぇ…」


放課後の部活終わり。
自主練習もそれなりにキッチリこなし、そろそろ体育館を閉めるからと言われ渋々ながらも部室に足を運ぶ途中、廊下をすれ違った生徒たちの会話が聞こえてきた。
いつもなら知らない奴の会話なんか聞く価値もないと思って、耳を傾げるなんてことはしない。

でも、その会話の中に「名字」という、さっきまでずっと考えていた人物の名前が出てきて思わず後ろを振り返った。
話しているのは同じ部活の生徒だ。
練習中に見かけない辺りから、きっとレギュラーになれなかった補欠部員だろう。


「てか、なんでお前名字先輩の志望校知ってんの?」


高尾は廊下に立ち尽くしたまま、すれ違った部員のひとりが言ったことに同じ素朴な疑問を抱いた。

(レギュラーでもないくせに…っ、)

部員全員のサポートをしている名字だが、中心的にサポートしているのはレギュラー達だ。
スタメンにもなると練習量も違って個人的練習も増える。
つまり、必然的に彼とよく話せるのはスタメン達だけ。


「いやーそれがさ!今日の移動教室のとき名字先輩と先生がなんか話してるとこ見ちゃって」
「で、盗み聞きしたワケか」
「悪いとは思ったけど気になるじゃん?」


どうやら直接話して聞いたワケではないらしく、彼らは談話を続けながら廊下の角を曲がって行った。
立ち残された高尾はギュッと拳をにぎりしめ、上履きを鳴らしながら来た道を戻った。
行き先は体育館。
どうして体育館に向かっているのかよく分からないけど、そこに行けば「あの人」に会えると直感していた。


「…名字せんぱ、い……」


やはり、体育館にはモップでまだ床を拭いている名字の姿があった。
だが、彼の隣にも見知った顔の人物、

(真ちゃんも!?)

気難しい性格で有名な、あの緑間もいた。
二人は仲良しげに肩を並べながら床を拭いている。
若干緑間の方が身長は高いのだが、なぜか絵になっていて、一瞬でもそう思ってしまった自分自身に舌打ちしたくなった。


「ッ、名字センパーイ!オレも手伝います!」


だから、わざと緑間と名字の間を裂くようにモップを持って入った。
案の定、緑間は忌々しそうにギロリと高尾を睨むが、そんなことで怯える高尾ではない。


「あれ、高尾くんさっき部室に向かってたんじゃないの?」
「いや、そうなんスけどなんか手伝いたくなって!」
「へぇーそっかー。わざわざ戻ってくれてありがとね」


緑間に見えないように口の端をつりあげながら名字を見れば、やさしく包みこんでくれそうなくらい温かい声でお礼を言われた。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、高尾の頬が赤く染まる。

(っべぇ…オレ、いま絶対顔赤いって)

とても名字を凝視することなんてできず、「そんなことないです」と言葉を濁しながら返した。


「…ふん。気持ち悪いのだよ、高尾」


名字との会話を邪魔された緑間からすれば、ひどく居心地が悪い。
名字だけが緑間と高尾の間で飛び散る火花に気づかず、1年生は仲良しだなぁ、と呑気なことを考えながら止まっていたモップ拭きを再び始める。


「名字先輩…」


高尾の唇からこぼれ落ちた声はひどく小さく、瞳には名字の広い背中だけが映されていた。


(2012.10.07)

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