先輩と後輩 | ナノ

センチメンタルな秋が過ぎて、刹那的速度で冬も終わろうとしている。
1年という365日は長いようで短い。
気がつけば季節はもうすぐ春を迎えようと、少しずつではあるが、小さな木ノ芽が土の中から芽生えていた。

瞼の裏に鮮やかに色付く想い出。
いつだって、大好きな「あの人」は笑ってた。
雨が降ってできた水溜まりに映る太陽の光が、風に揺れて高尾と緑間の目に入った。
次から次へと、頭の中に映像が湧いてくる。


「あーあ…。名字先輩、卒業しちゃうのかー…」
「…T大に進学するそうなのだよ」
「ゲッ、そこって超難関大学じゃん」


太陽を目刺し、高く大きくそびえ立つ樹木にもたれながら、ふたりは視線の先で笑っている名字を見つめた。
風が吹いて頬を打つ。
樹の香り、背中から感じるやさしさに似た想いが、樹から伝わってくるような気がする。

この日、秀徳高校の卒業式が行われた。
3年生たちはみんな涙ぐみながら笑い合い、新たな未来へ向かって羽ばたこうとしている。
3年間の想い出がひとつ、ふたつ、みっつ。
1年の高尾と緑間が3年生と過ごした時間は比較的短いが、大切な想い出に変わりはない。
緑間が想い出に浸っていると、隣にいる高尾が突然声をあげた。


「やっべ!名字先輩の第一ボタンもらうの忘れてた!」
「!」


そして、緑間もハッとして名字のいる場所へと目を向け、考えるよりも先に身体を動かした。
名字はもらったばかりの卒業証書をにぎりしめて、大坪たちと楽しそうに話している。
彼の隣にはいつも大坪、宮地、木村の3人がいた。
それは今も変わらず、彼らの手にある卒業証書がひどく寂しげに映る。
緑間が彼らの前まで歩み寄ると、後ろから高尾も慌てて走ってきて、


「名字セーンパイ!」
「名字先輩、」
「「第一ボタンください」」


ふたりして、声も科白も重なった。
高尾は緑間を見上げるように睨み、緑間は高尾を見おろすように睨み合っている。
そんなふたりを見て、名字は困惑した表情でひどく申し訳なさそうに言った。


「あ、ごめんね。さっき泰介たちと交換してなくなったんだ」


と。
瞬間、緑間も高尾も睨み合いを中断して大坪たちに顔を向けた。
彼らの手にはそれぞれの第一ボタンがあって、学ランのボタンがひとつずつなくなっている。

宮地が「オレは名前のボタンもらった」と言いながら自慢気にボタンを指で触り、「オレが宮地のボタンで、名前が大坪のボタンだよな」と木村が言えば、大坪は「あぁ。オレは木村のボタンだ」と答えた。


「えー!オレのはないんスか!?」
「ねぇよ。つか、なんでお前がはいってくんだよ」
「まぁまぁ、いいじゃない。じゃあ…高尾くんと緑間くんはなにがいい?」


名字にそう訊かれて、高尾が間髪入れず「名字先輩!」と言えば、笑顔の宮地に頭を押さえられた。
一方の緑間はどうやら悩んでいるようで、名字を見ては睫毛を伏せたり、何かを言おうと唇をあけるが、声を出すことなくまた閉じたりを繰り返している。

一番ほしかった第一ボタンがもうないのなら、と頭中でブツブツ呟き、そしてゆっくりと名字を見ながら声を鳴らした。


「オレは、名字先輩の学ランがほしいです」


大好きな先輩がずっと身につけていた学ランがほしい。
キッパリと答えた緑間だったが、言ったあとになって自分の台詞が告白を意味しているように感じた。
どうやら名字も緑間のほしいものが学ランだとは予想外だったせいか戸惑っている。
だが、右手に持っていた卒業証書をポケットに突っ込むと、ゆっくりとボタンを外し、着ていた学ランを脱いで緑間へと差し出してきた。


「はい。おれの学ランでよかったらあげるよ」
「っ!…ありがとう、ございます」
「どういたしまして。でも、3年間着てたから古びてるけどね」
「いえ、先輩の学ランがほしかったので嬉しいです」


少し震える手で受け取った名字の学ランをギュッとにぎりしめる。
あったかくて、彼のにおいのする制服。


「じゃあ、オレは先輩の隣がほしいっす!」
「隣?」
「はい!オレ、先輩と同じ大学目指しますから!」


と、今度は高尾が宮地に負けじと名字の隣へと肩を寄せ、綺麗に笑いながら言った。
少しでも彼といたいから、難関大学だって頑張れる。
楽しかったこと、哀しかったこと、こころがあったかかったこと。
繰り返しの日々の中で息を吸い込み、吐いて、また吸って。
急いで、求めて、混ざりあって、それでも手をつないだ。


「ん。じゃあ和成くんが来るの、待ってるから」
「せんぱ…!名前先輩ほんっとすき!」
「真太郎くんも、これから大変だろうけど頑張ってね。時々遊びに来るよ。…ね?」


名字が首を傾げながら3人に訊ねれば、


「…ったく、名前が言うなら仕方ないな」
「お前ら、オレたちがいないからって調子のんなよ!轢くからな!」
「宮地、軽トラなら貸すぞ」


大坪、宮地、木村が笑い合いながらそう言った。
弾けて消えてしまう泡のような日々でも、離した手がまだ温かくても、きっと、ずっとしあわせなんだろう。
あの日も、今日も、名字は太陽光線の彼方に祈った。

―――また、みんなに逢えますように。


fin.
(2012.11.14)


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