3年生が部活を引退してから、高尾と緑間が名字と出会える回数はだいぶ減った。
放課後になれば当たり前のように会えて、部活では精一杯サポートしてくれて、部活が終われば3人で体育館の床を拭いたりしていたことが、今ではひどく懐かしいようにも感じる。
ダム、ダムとバスケットボールを何度かドリブルし、集中力を高めてボールをゴールネットめがけて放り投げた。
ボールはシュッと空気をかすると勢いよくネットラインにぶつかり、バウンドを繰り返しながら次第に動きが止まる。
「今のシュートは何なのだよ」
転がってきたボールを抱えてため息に似た吐息を吐き出したところで、背中から声が聞こえた。
「あ、見てた?」
「お前のシュート精度は落ちたようだな」
「いやー…なんか集中できなくてさ」
言って、高尾は微かに眉をさげながら笑った。
集中力を高めるものの、いつものような感覚にならない。
そしてその原因がハッキリと判っているもんだから、唇からはもう乾いた笑いしかでてこなかったりする。
(先輩に会えないだけでこの様かよ…)
今日は朝から彼の姿を一度たりとも見ていない。
そもそも校舎が違うから会える確率は低いのだが、それでも同じ学校にいるならどこかでばったり会えるだろうと思い、休み時間になるたび廊下を歩いたり3年校舎近くを通ったりしたが、彼を見かけることはなかった。
高尾はなんとなしに自分の指を触る。
名字の華奢で細い、でも、大きな男の子のあたたかい指先にふれた、指。
キュッと戸惑いがちに繋いだ手。
思い出すだけで、どうしようもなく彼に会いたくなる。
「…あーもう会いてぇ!」
また、あのやさしい瞳で笑った彼が見たくて、大きな手で頭を撫でてほしくて、薄くて形のいい唇で名前を呼んでほしい。
集中力の欠片もない高尾の傍では、緑間も態度には出さないがその表情はどこか元気がないようにも見える。
集中力の欠片も見当たらない1年レギュラーだったが、体育館の入り口がざわざわとしているのに気づき、声のする方に向いた。
「やっぱり引退すると寂しいもんだね」
「3年間、ずっとここで練習してたからな」
たくさんいる部員の中でも一際目立つ高い身長、首に巻かれた紺色のマフラー、東の王者として貫禄を貫き通した風貌の前主将、大坪の隣で、名字が体育館全体を伺っていた。
「あ!名字先輩っ!」
名字が体育館にやってきた途端、高尾は主人を見つけた犬のように名字へと駆け寄り、そのまま彼の腰へと抱きついた。
高尾の抱えていたバスケットボールが床を転がる。
コロコロと転がるボールは緑間の足元で止まり、そのボールを抱えて彼も名字と大坪のいる場所へと寄った。
「お前は犬か」
「キャプテンばっかり狡いっすよ!オレも名字先輩といたいのにー」
「高尾、いい加減離れるのだよ」
「えー!」
緑間がいつまでも名字の腰に抱きついている高尾を剥がそうとするが、 高尾は意地でも離れようとはせず、更に力を込めている。
「高尾、名前から離れろ」
「大坪サンまで!」
「早く離れるのだよ!」
大坪に言われて渋々離れた高尾の表情はひどく残念そうだ。
ずっと、それこそ今日の朝から会いたくてたまらなかった人とようやく会えたのだから、彼とたくさん触れあいたいと思っているのは高尾だけじゃない。
緑間も言葉には出さないものの、思っていることは同じ。
名字は大坪を横目に見る。
大坪も名字に視線を向けて、困惑とした顔でハァ…、とため息を吐き出した。
「…名前、」
大坪が名字の名前を紡ぐ。
名字は首に巻いていたマフラーをはずし、制服の上から着ていたコートを脱ぐと、高尾の頭をポン、とやさしく撫でて自分よりもほんの僅かに高い緑間の髪を撫でた。
「ほら、練習するよ。泰介とおれ、緑間くんと高尾くんで2on2、やろうか」
「名字先輩、」
「言っとくけど、本気でやるからね?」
ウインクをしながらそう言った名字は、大坪と共に持参していたバッシュに履き替えてストレッチを始めた。
マネージャーだった名字がバスケをする姿を見たことがない高尾と緑間はポカンとするが、大好きな彼といっしょにバスケができることがじわじわと実感化して、寂しかったはずの心がふんわりと温まる。
「なあ真ちゃん…。やっぱさ、名字先輩がいる方がやる気でるよな」
「…ふん」
そっけない緑間の返答。
だけど、嬉しそうに口もとが上がっているのを高尾は見逃さなかった。
(2012.11.11)
- 9 -[prev] [next] [TOP]