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クローゼットを漁るだけ漁って鏡の前に立った自分の姿に、なんだか自虐的な笑みがこぼれた。
何をわくわくしているのだろうか。
大好きな先輩と逢える。
それだけなのに、まるでこれからデートに行くかのような浮かれた気分。
先輩と逢うのは約2年振りで鼓動が落ち着かない。
ドクン、ドクン、ドクン。破裂するかのような心臓を胸の上から押さえる。
先輩の方から逢おうだなんて、きっと先輩に何かあったに違いない。
恋人以外の異性とは例え先輩だろうが後輩だろうが決してふたりっきりで逢おうとしなかった。
そんな先輩が逢おうと電話をかけてきたということは、もしかしたらあの恋人と別れたのかも知れない。


「…そうだといいのに、」


なんて心の狭い科白なんだろう。醜い。嫌だ。そう思いつつもやっぱり先輩と恋人が上手くいっていないことを願ってしまう自分の心がひどく痛む。
ハァ、と肩をすくませてため息をこぼしてから壁にかけてある時計に目をやると、先輩と約束した時間がもうすぐ迫っていた。
慌ててクローゼットを閉じてもう一度鏡の前に立ち、身だしなみを整えて家を出た。
履き慣れないパンプスが歩くたびにコツコツと鳴る。
膝下辺りのスカートが妙にくすぐったい。
制服なんかじゃない私服のスカートを見た先輩は何を思うだろう。
そういえば先輩の私服姿を見るのもはじめてだ。と、待ち合わせ場所に着いてから更に緊張感が増した。
久しぶりに逢える喜びと傷心期間だと告げられた内容を知ることになる暗礁感。
今にも飛び出しそうな心臓が痛くて一歩後ろに下がったとき、軽く誰かとぶつかってしまった。


「、すみません…」
「あ、いや、大丈夫?…って、なんだ。後ろにいたのか」
「え…?あ、っ……!」


下げていた頭をあげた先には2年前よりも大人びた先輩がいて、変わってないな。なんて呟きながらぐしゃぐしゃと頭を撫でられたことが懐かしくて何も言葉が出なかった。
先輩の瞳には2年前の自分が映っている。
先輩、今日は制服じゃないんですよ。初めての私服で、髪だってあの頃より伸びたんです。背も少しは伸びたと思いませんか。
言いたいことはたくさんあるはずなのに、昔より背が高くなった先輩を見上げると何故か声が出ない。
変わったのは自分だけじゃない、先輩もおんなじ。


「私服、可愛いじゃん」
「っ…先輩、お世辞が上手ですね」


そう言って視線を逸らした先輩の考えていることが分からなくて、リップクリームを塗った唇からは可愛さの欠片もない言葉。
だけど先輩は相変わらず昔のままの笑顔でそんなことないと否定を示し、大きな手が髪に添えられてふわりと撫でられた。
顔が熱をもって熱い。きっと真っ赤になっている。
恋人のマネージャーはこんなことを先輩からたくさん言われていたのかと考えれば考えるほど彼女になれない悔しさが込み上がり、然り気無く先輩の腕をつかんで顔を上げた。


「先輩、わたし行きたいところがあるんです。一緒に来てもらえませんか?」
「別にいいぜ。で、それってどこ?」
「ふふ、それは秘密です」


悪戯っぽく笑えば先輩も笑って、掴んでいた腕は先輩の何気無い動きで離されてしまった。
本当は手を繋ぎたい。だけどそんなことが許される筈もない。
だから先輩の服を控えめに掴んだ。
どうかしたのかと言いたげな先輩の視線には気づかない振りをする。
気づいているような気配を見せつつも巧みに誤魔化す先輩を欺くことはしたくないけど、直接気持ちを伝えることができないのだから許してほしい。
そんな思いをそっと心の中にしまい込み、ふわりと風になびくスカートを押さえながら歩き出した。


「そういやさ、高校どこ受けんの?」


どこだと思いますか?と訊き返すと質問を質問で返すなよ、と声が返ってきた。
普通に応えるのはあまりにも面白味がない。
少し焦らしてみようかな。なんて思った矢先、隣を歩いていた先輩の足音がぴたりと止んだ。


「………」
「先輩?どうしたんですか?」


振り返ってみても先輩は何も喋らない。
ただ一点をじっと凝視していて悲しみに瞳が揺れている。
歪んだ表情を見れば、先輩の視界に映っている映像なんて直接見なくてもすぐに判った。
判りたくなかった。
でも先輩をここまで悲しそうな表情にする人なんて、ひとりしかいない。


「、先輩!わたし、秀徳高校を受験するんです。先輩と同じ高校に入って、男子バスケ部のマネージャーがしたいなぁって思ってて、それで―――」


先輩の気を引こうと必死に話しかけるけど、もう何の意味も成さない。
焦らさなければ先輩はこっちを見てくれていただろうか。そんな後悔の念が押し寄せる。
だけど、そんな念すら吹き飛ぶ科白が先輩の唇から漏れて、ここが街中だとか気にする余裕もないくらい蹲りたくなった。


「誰かを好きになったこと、あるか?」
「…ありますよ」
「そっか。……好きって、苦しいんだな」
「…はい、」


2年間も苦しい想いをしていることに気づいてくれない先輩の服をまた握りしめるけれど、先輩の視線はやっぱり変わらなくて。


「すごく、苦しいです」


息もできないくらい。そうつけ足して、絞めつけられる鼓動を今にも潰したくなった。


(2013.03.04)

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