2.14 | ナノ

 鼻歌を陽気に響かせて、足取りは軽く廊下を進みます。だるっとした袖をわざと大袈裟に揺らしながら向かう先は体育館。正しくは体育館の隣にあるバスケ部の部室。
 放課後なのにこっちに人がいないなんて珍しい。だいたい運動部のむさ苦しい男子で汗臭さが充満しているのに。今のように風が通り抜けて誰もいないほうが私にとってはいいけれど。向こうの校舎から楽器の音が聞こえる。同じ音なのにちぐはぐしているように聞こえてなんだか不思議だ。吹奏学部だろうか、同じ音を一斉に吹いてなにになるのか私にはよくわからないけれど、アップのようなものなのかもしれない。

「ぬるい…。花宮起きてんでしょ、起きろ」

日光の良く入る部室は生ぬるい空気に包まれていた。原因は十中八九、換気不足。よくこんな空気のままにさせておけるなぁ、と窓に手をかけた。開いた外から入ってくる新鮮な空気はとてもおいしく感じて、いかにここの空気が悪かったか示しているようだった。
 声を掛けても身動ぎもしない花宮を不審に思いながらも、こんなでも人間だし疲れたのかもしれないと自分に言い聞かせて床に座り込んだ。この部室やけに掃除が行き届いているので床に座ってもスカートが汚れる心配がない。本気で男子しか使っていないのかと問い詰めたくなるレベル。主将がコレだから仕方ないのかもしれないけれど。

私が知る花宮真と言う人物は変なところにこだわりを持つ。単に私があまり知らないというだけかもしれないけれど、花宮は変だと思う。少ししか知らずに変だと判断されるというのは逆に凄く変という証拠になってしまうかもしれないけれど。
 この綺麗好きもそうだ。校舎が汚れようと、むしろ崩れようとこいつはなにも思わないだろう。けれど、パーソナルスペースとなると途端に煩い。部屋は勿論のこと、体育館や此処もその領域に含まれるのだ。此処は自分で掃除しているわけじゃないだろうけれど。
 他に例を挙げれば、プレースタイルだろうか。これはこだわりというか気分かな。壊す時と壊さない時の差。たまに真面目にプレーして見せるのだからこっちとしては仰天ものだ。確かに、上手い。「何故壊さなかったのか」と聞けば「気分だ」と返ってくるだろうし「何故壊すのか」と聞けば「その方が面白い」と返ってくるのじゃないだろうか。
 私もなかなか花宮について詳しくなってきたかもしれない。それが嬉しいことなのかはきっと誰にも判断できない。私だってここまで構っておいて、花宮と仲よくなることがプラスだとは思っていない。だってリスクが重過ぎる。「どれくらい恨みを買っているのか」、と問われれば「軽く数十校」と答えられる。

「花宮、起きてって」
「んあ?・・・何時だ今」
「さっき5時間目終わった」
「ふぅん。で?」
「なにが」
「なんでオマエはいるんだよ」
「なんでってそりゃあ」

 冗談に任せてはぐらかすのもいいなぁなんて思ったけれど、たぶん花宮ははぐらかさせてくれないし、既に見当がついているんじゃないのかなぁなんて思う。こいつの頭の回転の速さには舌を巻く。先輩はもっと凄い、と前に言われたけれどそれはきっとすでに人間じゃなくて妖怪かなんかなのだろう。
 相変わらず楽器の音は聞こえてきていた。順番にトーンを上げて行くその音色は未だちぐはぐのような気がしたけれど、廊下を歩いていた時よりは滑らかになったかもしれない。
 楽器の音がパッととまったときに観念するしかないかな、なんて思った。というか覚悟は決めてきたのだし、息を入れなおして花宮と視線をかち合わせた。黒曜石みたいな瞳。彼の糸に絡めとられるような気がした。

「告白するために決まってるでしょ」

 一瞬視線を逸らして、もう一度正面から対峙した。告白をする側になるのは初めての経験で、こんなに緊張するものだとは思わなかった。今まで悲惨に降ってしまったことをすこしだけコウカイした。ごめんね、可哀想になってしまった男子諸君。
 花宮はフと息を吐いた後、いつものように悪役にぴったりの笑みを浮かべた。

「そういうことかよ」
「好きだよ、花宮」
「あぁ、俺も好きだぜ」

『なーんていうと思ったかよバァカ』

 少しの沈黙の後ふたりで小さく息を吐いた。花宮はいつだってこんな性格なのだ。それが逆に安心するなんて私も相当イカれてる。険悪なような和やかなようなよくわからない空気の中、吹奏楽部の間の抜けたマーチが鳴り響いていた。

ドレミファソラシド幸せになあれ

「性格悪いね」
「オマエに言われたかねーよ」

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