oyasumi | ナノ

放課後の部活が終わった頃には青く澄みきっていた空は既に茜色を呑み込んだように薄暗く、宇宙を流れる雲から時々月の明かりが差し込んでいた。
体育館の片付けからモップ掛け、全てを終わらせたバスケ部たちは部室へと流れ込む。


「あーつかれたー」
「今日の練習もキツかったなぁ」


各自ロッカーを開けて中からタオルを取り出して汗を拭ったり練習着のウェアを脱いだり、それぞれが帰宅する準備をしていた。
黒子がウェアを脱いでシャツに首を通す真横では火神がいそいそとベルトを絞め、少々荒っぽくロッカーを閉めると重たい鞄を肩にかけた。


「火神君、今日は早いですね」


袖を通しながら部室を出ようとする火神の背中に声をかける。
火神は少し視線を逸らしながらぎこちなく言葉を返し、いつになく慌てた様子で部室を出た。
そのあとに続くように降旗も2年生たちにお疲れさまでした!と元気よく挨拶を済ませ、福田や河原も降旗を追うように部室を出て行った。
ぽかんと状況が掴めない黒子はただぱちぱちと瞬きを繰り返すことしかできず、日向が閉めたロッカーの音で硬直していた身体からふっと力が抜けた。
今日は何かあるのだろうか。頭を捻ってみるが朝から火神の変わった様子は一切ない。
結局早くマジバに行きたいのだろうと火神の空腹を予想して鞄を取りだし、ロッカーを閉めて部室のドアをひねった。



* * *




部室を出て下駄箱に差し掛かったとき、先に部室を出たはずの火神が息を切らしながら目の前まで迫ってきた。
そのあまりの迫力に一歩ほど後ろに下がる。


「って何下がってんだお前」
「誰だっていきなり迫られたら逃げたくもなりますよ。どうかしたんですか?」
「あー…まぁ、なんつーか…黒子、今から時間あるか?」


頬をかきながら訊いてくる火神に首を縦に振って、それから気持ち悪いですと付け足すと想像していた通り火神は額に青筋を浮かべる。
いつもはそこで何かしら言葉を投げてくるのだが、今日はいったいどうしたというのかグッと言葉を喉に呑み込んで、「いいから来い」と下靴から上履きに履き替えて教室へと向かった。
本当に今日はどうしたのだろうか。訳もわからず踵を返し、歩いたばかりの廊下にまた足を踏み出す。
外はすっかり暗くなっていた。
陽がのぼっている時間帯とは正反対に今はどこの教室も黒一色。
そのせいか火神がやけに早足で歩いている。
辿り着いた教室の扉を開けると当たり前だが中は真っ暗で、ますます教室まで連れて来たのかわからなくなった。


「窓から外見てみろ」


教室に入った火神が窓の桟に肘を乗せる。
外は暗くて何も見えないんじゃないかと不審に思いながらも足は窓辺へと向かっていて、そこから見たグラウンドの光景に息が止まりそうになった。

―――お誕生日おめでとう黒子くん!

真っ暗闇のグラウンドに照らし出される石灰の粉で書かれた大きな文字。
¨お誕生日¨の文字がやたらと大きくて歪で、よく目を凝らして見ると¨!¨の横に人が立っていることに気がついた。
その人の周りにもひとり、ふたり、それ以上の人がいる。
中心にいる人が顔をあげたと同時に閉まっていた窓の鍵を開けていた。


「くーろーこーくーんっ!」
「お誕生日、おめでとーう!」
「黒子ー!お前のために名字が企画したんだぞー!喜べよー!!」


グラウンドにいるのはついさっき部室で別れたバスケ部の先輩たちと、隣のクラスの名字女主名前。
マネージャーでもない彼女がどうしてバスケ部のみんなと仲がいいのかとか、グラウンドの文字はどうやって書いたのだとか、いろんな疑問が頭に浮かんでは泡のように弾けて消える。
火神が急いでいた理由はこれだったのかと頭のはじっこで解決して、教室まで上下に肩を動かしながら走ってきた降旗を始めとする同じ1年の福田、河原、そして火神が手に持っていたクラッカーを引いた瞬間、暗闇に包まれていた教室にパッと電気が灯った。


「…!これ、は……」


黒板の中心にはグラウンドと同じ文字が大きく書かれ、その周りにはひとりひとりからの祝福のメッセージと名前が書かれていた。


「名字がさ、お前を祝いたいから協力してって1週間も前から頼んできたんだ」
「オレと名字さんは同じクラスだから特にひそひそしながら準備しなくてよかったけど、火神は黒子と同じクラスだからバレないか心配したよ」
「オレはそんなミスしねーって言ってんだろ!」
「まぁ、そうだったな!よかった!」


なんて笑いながら話す火神たちの声に心がぽかぽかして、もう一度グラウンドに戻した視線の先には名字が色鮮やかな花束を掲げながら先輩たちと校舎に向かって歩いている。
中学のときから変わらない名字のサプライズパーティー。周りにいる人たちはあの頃とは違う。制服も違う。
けれど、彼女が抱える花束はあの頃から変わらず色んな色。


「―――…ありがとう、名字さん」
「?何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」


紙コップや紙皿を並べる火神に答え、スカートを揺らしながら校舎まで駆ける小さな名字に言葉が届けばいいと願って窓を閉めた。



お花の星空


黒子くんお誕生日おめでとう!
(2013.01.31)

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