12.25 | ナノ

玄関を開けると室内温度との差がありすぎて、分かってはいたがそれでもやはり口からついて出てきたのは「寒い」という言葉だった。
マフラーもしてコートも着たというのに冷気は容赦なく身体に染みる。
試しにはぁ、と小さな吐息を空に向かって吐き出すと案の定、吐息は白く濁った色をしていた。


「なんだこの寒さ。ありえねぇ」


ひとりごちで歩き出しながら大自然に対して文句を呟く。
いつもはしない手袋をはめた両手をポケットに突っ込んで冬の寒さに頭痛を起こしそうになったとき、ついさっき自分がやったばかりのことをしている女の子に出会った。
その女の子も同じように鈍色の空を仰ぎ、薄くあいた唇からはぁ、と小さな息をもらしている。

(…名前?)

すぐ近くに住んでいる彼女の名前を心の中で呼ぶ。
聞こえるはずなんてないのに、空を見つめていた瞳がゆっくりとこっちに向けられた。


「あ、清くん。おはよう」
「おう。お前、今日は早いんだな」
「まあ、早く目が覚めちゃったから」
「なんだそれ」


はぁ、とまた唇から出てきたのは白く濁った吐息。
名字は宮地の隣に並んで歩き出した。
宮地もなるべく名字の歩幅に合わせて歩く。
夜のうちに降った雪が少しだけ凍っている。


「凍ってるね。滑ったら痛いだろうなぁ」


口ではそう言いつつ、ローファーで凍っているところをツルツルと滑らせている名字を見ていると「コイツはなにがしたいんだ?」という疑問が浮かんできた。


「痛いんだろうなぁ。じゃなくて痛いだろ」
「清くん、滑ったことあるの?」
「ねーよ。つか、滑りたくねぇ」


朝から滑って転けるなんて恥はかきたくない。
だからみんな凍っているところを避けるように歩いているというのに、隣にいる名字は自ら滑りそうなところに行っている。
ため息に似た吐息を吐き出すと、移ったように白い息が空気へと弾かれて消えた。

いつまでも寒い外にいるつもりはない宮地はひとり歩き出す。
そのあとから、名字もちょっとだけ慌てて宮地を追いかける。


「んー寒いねー」


両手を擦っている名字を見ると、彼女の手は白く悴んでいる。寒いワケだ。


「なんでお前手袋してないんだよ。アホか」
「忘れちゃった」


なんて、わざとらしく笑いながら両手に吐息をかけている。
肺から込み上がってくるものが吐息なのかため息なのかは判らない。
だけど、冷気に曝された名字の手を見ていると自分まで寒く感じてしまう。

(ハァ…さっむ)

少しずつあったかくなっていたポケットから片方だけ手を出して、はめたばかりの手袋をはずした。
刹那、冷たい風が吹いて身体が身震いする。


「おい、これ使え」


ぽい、っと手袋を投げれば名字は不思議そうにしながらも手袋を受け取ると、そのあたたかさにふわりと綻んだ。


「名前とオレでひとつずつな」
「じゃあ、もう片方は清くんと手つないでもいいってこと?」
「それはお前が考えろ」


手袋をはめた右手をポケットに突っ込む。
吐き出した吐息はあいかわらずだけど、やっぱりポケットはあったかい。
不意に、左手が冷たくなった。
名字が遠慮がちににぎっているのが横目から見える。
彼女の左手にはめられた手袋がなんだか似合わなくて、悪いとは思ったが笑ってしまった。


「ねぇ清くん。まだ寒い?」
「まぁ、さっきよりは寒くねぇけど。名前はまだ寒いか?」


遠慮がちににぎられた手にちょっぴり力を込める。
冷たい手とあったかい手。
名字の唇から滑り落ちたのは白くて濁った吐息だった。


「んーん。あったかい」



(2012.12.15)

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