log2 | ナノ

いつものうるさい目覚ましで目が覚めた。
目一杯腕を伸ばしてジリリリリと鳴り続ける耳障りな音を止める。
誰だよこんなうるせぇ目覚まし買った奴。馬鹿じゃねぇの。…あ、オレか。なんてくだらない考えを止めてぬくもりのあるベッドから出て背筋を伸ばした。
窓ガラスを見れば露ができている。寒い訳だ。
階段下から母親に名前を呼ばれた。朝から叫ぶなうるさい。そう呟きながら階段をおりてリビングに入ればいい匂いが鼻をかすめた。
テーブルには既に朝食が並べてある。
抑えきれない欠伸をこぼしながら椅子に座って意味もなくテレビに顔を向けた。
どうやら今日は晴れるらしい。このところ気が怠かったのは雨や雪だったせいか。
朝のニュースを見ながら朝食を終えて学校に行く準備をして、家を出たのは起きてから40分ほど経った頃だった。

いつもの変わらない道を歩く。
吐き出した息が白い。
マフラーを忘れたが取りに戻るのはめんどくさくて両手をポケットに突っ込んだとき、背中に激しい衝撃を感じて思わず顔面から倒れるところだった。


「いっ…てぇな」
「花宮くんおはよう!」
「聞けよブス」


人が倒れそうになったにも関わらず呑気に挨拶をしてきたのはクラスメイトの名字。
寒いねー。なんて言いながらポケットに入れてきた手を強く叩いたら僅かに眉間に皺を寄せて睨んできたが、わざわざ人のポケットに入れる必要ないだろうと彼女が身につけている手袋に目線を落とした。
苺の絵がある白い手袋はまさに子供っぽい名字にぴったりだ。
鼻で笑うと小さく怒るところも子供っぽい。
何笑ってるの?なんて訊いてくる名字が本当に高校生なのか疑いたくなるほど幼すぎて、また鼻で笑ってしまった。


「もう、花宮くん笑ってばっかり!わたしの顔、そんなにおかしい?」
「ふはっ、最高に不細工すぎて」


冗談半分で言っても名字は真に受けて眉をさげる。
なんて顔してんだよ。死ぬほど笑える。そう言えば今度は大きな瞳をぱちぱちさせて同じように笑いだした。


「花宮くん、わたしのこと大好きだもんね」
「はぁ?」
「分かってるから大丈夫!」


何が大丈夫なのかサッパリ分からない。
反対に名字はひとりうんうんと頷いている。
意味わかんねぇ。ぽつりとこぼれ落ちた独り言を拾った名字が肩からかけている鞄をあけて照れたように頬を赤くしながら見上げてきた。
なんだ、コイツもこんな顔するのか。妙に落ち着いた気持ちで名字の照れた表情をじっと見つめてしまった。


「はい!これ、花宮くんにあげる!」


名字の顔から少し下に目線を移す。
白い手袋に乗っているラッピングされていないモノに唇から笑いがこぼれた。
本当にコイツらしい。不器用な癖に。
ポケットから手を出してそっとプレゼントと言ってきたモノを取った。
冷たい風がぬくもり始めていた手を撫でる。
お世辞にもきれいとは思えないが、彼女が一生懸命時間をかけた様子が一目でわかる。
いつもは手袋なんてしない彼女が可愛らしい手袋をつけてきた理由も、わかりたくはなかったのにわかってしまった。


「…はっ、本当に下手だな」
「う…。じゃあ、いらない…?」


名字の瞳が揺れる。
怒ったり、笑ったり、悲しんだり。忙しい奴だけど、この表情はあまり好きじゃない。


「いるに決まってんだろ、バァカ」


マフラーを忘れたのはもしかしたら彼女からもらうためだったのかも知れない。
家にあるいつものマフラーより寒さは防げそうにないけど、まぁ、ないよりはマシか。
花のように綻ぶ名字を横目に、首もとに巻いて吐き出した息は空気に弾けて消えた。



ハロー、星屑のスピカ


花宮くんお誕生日おめでとう!
1日遅刻した癖に口調が掴めなくてもはや誰か分かんないっていう。
(2013.01.13)

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