log2 | ナノ

箱詰めにされたような道を歩いてると必ず誰かとぶつかってしまい、すみませんと小さく頭を下げて謝りながら首まわりに巻いたマフラーをちょっとだけ口もとまで引っ張った。
元旦の日は朝から人が多い。
それが神社ならば人の数は計り知れないくらいの多さで、手袋を忘れてしまった自分自身に舌打ちをしてしまいそうになるが正月早々気分を悪くすることは避けたく思い、代わりにため息によく似た吐息をちょっぴり大きく吐き出してコートのポケットに両手をねじ込ませた。


「ハァー、寒…。ったく、誰だよこんな日にわざわざ呼び出した奴」


隣を歩く金髪が冬の風に揺れて前髪の隙間から細められた瞳が覗く。
あいかわらず眉間には深そうな皺が刻まれているが、そんな彼を多少は気にしつつもやっぱり元旦のテンションには敵わない黒髪の彼は、ポケットから少しだけ濁った金色の小銭を取り出して穴を覗くようにそれを上に持ち上げた。


「お正月っていえばお参りじゃないっすか!オレはバスケ部で初詣に行きたかったんで今楽しいっすよ」
「早朝から野郎のモーニングコールで起こされたオレの身にもなれ」


後輩に起こされて誰が喜ぶんだよ、なんて文句をこぼす宮地だが、何だかんだ言いながらもこうして来てくれているのは高尾の言った「バスケ部で初詣に行きたかった」ということが少なからず彼の中でもあったのだろう。
寒いや眠いを連呼する宮地を苦笑いでなだめる木村とそんな彼らを呆れたように、でも、楽しそうに見守る大坪を見るとひどく淋しく感じた。
年が明けたということは、彼らは3月に秀徳高校を卒業する。
厳しくて辛いと思った日の練習や勝利をおさめた瞬間の嬉しさ、負けてどうしようもないくらい悔しくて泣いて練習に励んで過ごしてきたあの日々が、あと2ヶ月ちょっとでなくなってしまう。
もう二度と、橙色をした秀徳ユニフォームを着て試合をすることはできない。

わかっていたことだった。
運命は変えられない。
彼らが卒業して、2年生が3年生に進級して、1年生が2年生に進級して、新しい1年生が入学してくる。
そうなれば今は1年の高尾と緑間も「先輩」と呼ばれるようになるのか。と考えるとなんだか不思議な感じがした。


「名字さーん!早く行きますよー!」


いつの間にか高尾は神社の階段辺りにまで進んでいて、大きく手を振って宮地に「うるせえ、轢くぞ」と怒られている。


「ははっ、あいかわらずだなぁ」
「…名字さんも相変わらずだとオレは思いますが」
「どういう意味だコラ」


生意気な後輩の頭を軽く叩いた。
緑間のほうが身長が高いせいであまりカッコはつかないが、彼がわざと歩幅を遅めながら一緒に歩いてくれていることがこそばゆくて、だけど、それ以上に嬉しく思っている自分もいる。
嬉しいと悲しいが混ざりあって複雑な気持ちになった。
ポケットにねじ込ませた指先が段々とあったかく感じる。
吐き出した息は変わることなく白い。
「名字ー、行くぞ」と木村に呼ばれた名字は軽い返事を返してまた足を踏み出した。

神社の階段は長い。そして微妙な斜面。
運動部故に息を切らすことはないが、階段の幅があまりにも広くて余裕を感じていたせいか踏み外しそうになった瞬間、盛大に笑われた。
宮地に吹き出されたときは先輩には怒れなくて自分も笑ったけど、高尾が吹き出したときは遠慮なく睨み付けた。
謝ってきた高尾を冗談半分で無視しながら長い長い階段を上がり、石段を上がりきった頃には身体がすっかりあたたまっていた。


「っ、はー…。結構しんどいわ。歳かな」
「何言ってんだ。お前まだ17だろう」
「身体がおじいちゃんです。おい高尾、笑ってんじゃねえ」
「お前らうるせえんだよ。早くしろ」


宮地に促され、慌てて本堂の前に立った。
財布から5円取り出してぽいっとお賽銭箱に入れる。
隣では緑間も一礼してから5円をお賽銭箱に入れていた。
パン、と両手を合わせて瞼を閉じる。
瞼の裏側に甦ってくる学校生活や部活の時間、みんなで帰った放課後、休日にストリートバスケ場で白熱しながらやった3on3。
それから、眩しいくらいに笑ったみんなの顔。

―――ずっと、みんなで楽しめますように。

3年生が卒業しても、また一緒にバスケができますように。
バスケがもっともっと好きになって、もっともっと上手くなれますように。
彼らに出逢えることができたバスケに感謝して、閉じていた瞼をあけた。



17歳のながれ星は瞼に溶けた


新年からよくわからん話ですみません。あ、明けましておめでとうございます。
(2013.01.03)

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