log2 | ナノ

▽ 10年後設定

うっすらと覚醒した重い瞼を開けて映ったのはいつもの見慣れた天井で、すぅと呼吸をした鼻でかすめたのは何かが焦げたようなにおいだった。
焦げ臭いにおいに不快感を抱きつつ、目覚めで少々気怠い身体を起こしてベッドから出て絨毯の冷たさに足の指先を震わせた。
爪先立ちのようにしながらハンガーにかけてある制服を手に取る。
アイロンがあてられてパリッとしたシャツに腕を通すと身体が冷えた。
ネクタイは後回しに下も履き替えてベルトを締めて机の上に置いた眼鏡を掴み、ネクタイも一緒に握って自室を出た。
リビングへと続く階段を降りるにつれて匂いはキツさを増している。
リビングの手前にある洗面所に入って一息ついて、捻った蛇口から流れ出る冷水に手を震わせながら顔を洗った。
すぐ真横にかけてあるふかふかのタオルに顔を沈める。柔軟剤と、それから焦げ臭い匂いを作ったであろう人のにおいがした。

跳ねた髪はそのままでリビングのドアを開ければ更に匂いが鼻を直撃した。
エプロンをつけた長身の男が音に反応して顔をこちらに向ける。
手に持ったフライパンから黒い物体が見えた。


「おはよう、緑間さん。今すぐそれを捨ててもらえませんか」


朝の挨拶を簡単に済ませて緑間の右手にある『黒い物体』を指さした。
緑間は同じようにおはようと言葉を返し、指さされたフライパンの中身に視線を戻す。
わざと失敗した訳じゃないことくらい知っているが如何せん匂いが凄まじい。
窓を開けてキッチンに近寄るとシンクに同じ黒い物体が何個も捨ててあった。
早起きして朝食を作ろうと奮闘する緑間の姿が安易に想像できる。
すまない。そう小さく呟かれた声に大丈夫だよと返してシャツを捲った。


「高尾さん起こしてきて。その間に準備しとくから」
「わかったのだよ。…毎朝悪いな」
「別に気にしてないから緑間さんも気にすることないよ」


戦地のようなキッチンをきれいな布巾で拭きながら思ったことを言えば、寝癖がついたままの頭をそっと撫でられて心臓がこそばゆくなった。
緑間がリビングを出ていって扉が閉まる。
慣れない優しさにどう反応していいのかわからない。はぁ、とすっかり冷たくなった手に息を吹きかけて冷凍庫から卵を取り出した。



* * *




ぴょこんと跳ねた寝癖で起きてきた高尾に朝食を出しておは朝占いを注視する緑間の前に珈琲を置く。
おは朝占いのお姉さんが順位ごとに運勢を告げていく声を流すように聞きながらキッチンに並べた3人分のお弁当を包んだ。
そろそろ家を出なければ朝練習に遅刻してしまう。
腕時計をはめて四角い黒縁眼鏡をかけ、お弁当のひとつを取って鞄に詰め込む。


「あれ、もう行くのか?」


トーストをかじりながら訊いてきた高尾に頷いて鞄を肩にかけた。
緑間はまだテレビを黙視している。蟹座の運勢が出ていないのだろう。
特に気にすることもなくお弁当作ったからと高尾に伝え、サンキューとお礼を言われてリビングのドアを開けたところで緑間に「男主名前」と名前を呼ばれた。


「なに?」
「今日の牡牛座は2位だ。ラッキーアイテムの日本人形を持って行け」
「怖いからいらない」
「ブフッ!」
「珈琲を吹き出すな。人事を尽くすのだよ、男主名前」


珈琲を吹き出した高尾を睨みつけてから立ち上がった緑間はごそごそと押し入れをあさり、不気味な顔の日本人形を渡してきた。
怖いって言ったじゃん。ラッキーアイテムなのだよ。いらないって。おは朝を信用していないのか。してない。……。いいから持って行け。
そんなやり取りをした結果、嫌々ながらも人形を受け取ってすぐさま鞄の中にしまおうとしたが、持っていないと意味がないと注意してきた緑間に出そうになったため息を押し込んだ。
朝から妙な疲労感を感じながら眼鏡を押し上げる。
ラッキーアイテムなんて必要ない。そう思っていても緑間から渡された物は何故だか拒否することができなくて、


「男主名前、いってらっしゃい」
「気をつけて行くのだよ」
「、行ってきます」


だけど人形の顔はやっぱり怖かったから、極力見ないように人形の顔を下に向けて家を出た。
こんな物を持ち歩く学生なんて世の中そういないに違いない。自然とため息が漏れる。緑間には悪いが人形を鞄にしまおう。
そんなことを考えながら角を曲がるとスーツを身に纏った3人の男性と出会った。


「名字じゃないか。おはよう」
「つか、なんつーモン持ってんだよ」
「お前は緑間か」


上から大坪、宮地、木村に声をかけられ、おはようございますと挨拶をして指摘された日本人形を差し出した。
気持ち悪ィと呟く宮地に賛同する。本当に怖いし気持ちが悪い。


「なんでこれがオレのラッキーアイテムなんだろう」


2位だと言われてもラッキーアイテムを持っているだけで運勢が下がっていきそうな気もする。


「まぁ、お前は緑間には弱いからなぁ」
「え?」
「今からでも俺んとこに住めよ」
「宮地は彼女いないし心配することないしな」
「木村も同じじゃねーか」


28歳には見えない若さを持っている3人の会話を耳にはさみながらまた日本人形を下に向けた。
施設から引き取ってくれた緑間に弱い。強ち間違ってはいない。彼は恩人だ。それから、


「寝癖くらい直してこい」


高尾とそっくりな程に跳ねた髪を撫でてくれる大坪も、


「名字んとこの中学って休みあんのか?たまには息抜きしねぇと体壊すぞ」


強豪バスケ部として名の知れた中学で主将となった自分を心配してくれる宮地も、


「今度うちの差し入れ持って行ってやるから無理しない程度に頑張れよ」


ラッキーアイテムに苦笑いしながらも支えてくれる木村も、みんな大切な恩人だ。
バスケ部主将になったのは実力。それは太陽がのぼって沈むことと同じくらい当たり前のこと。勝つことが全て。だから今日も当たり前のように練習をする。


「キャプテン、おはようございます」
「おはよう。…じゃあオレ急ぐから。大坪さんも木村さんも宮地さんも仕事頑張ってください」
「おー。名字も頑張ってこい」
「うん」


宮地に頭を撫でられ、緑間に撫でられたときに感じたやさしさにまた心臓の辺りがむずむずした。



くじらの鳴くころ、群青

ネタの「10年後緑間高尾と帝光バスケ部主将」に秀徳メンバーを足した試し書き。
title/ごめんねママ (2013.01.22)


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