さわ、と風が吹く度に桜の花弁が舞い散る。目の前に舞って来た花弁に手を差し出せば、手のひらに乗っかった

それを少し見つめてから、顔を上げればそこには立派な桜の木が立っていた。そして、顔を下げ辺りを見渡すと制服を着た学生たちが、お互いに泣きながら抱き合っていたり、丸めた卒業証書を片手に持ち写真を撮っていたり、各自いろんなことをしていた





――…もう、んな時期か





静雄はくわえていた煙草を携帯灰皿に押し付けながら、時間が流れる速さに内心少し驚いていた


自分が卒業したのも随分昔になるもんだとしみじみと高校時代を思い出す。最も静雄にとって高校生活もいい思い出は全然ないのだが…それでも周りの雰囲気のせいなのか、静雄も少し悲しい気持ちになったのを覚えている。その後、臨也に挑発されブチ切れ、悲しい気持ちなんかぶっ飛んだのだが



そういやあ…俺の高校生活って臨也の野郎のせいで滅茶苦茶だったな…思い出したらムカついて来たわ。うぜぇ、次会ったら絶対に殺す。メラっと殺す


しかし、考えてみれば臨也との付き合いもかれこれ――…10年くらいなのか。それもそうだ俺はもうすぐで三十路なんだから。っんとにはえーよな

10年の時が経ってると言うのに俺はアイツを殺せないでいる。それはアイツがすばしっこいから。…なんて、そんなのは言い訳なのかもしれない



なんせ俺は認めたくないが約10年近くアイツに想いを寄せている…のだ。
一目惚れとか、そんなんじゃなくて気がついたらアイツのことが好きだった。俺は有り得ねぇ、そんなの気の迷いだ。って何回が自分に言い聞かせていたが、アイツを見つけるたびに目を追ってしまうし、喧嘩(という名の戦争)をする時だって無意識に手加減をしていたりする

そう思うと俺は本当にアイツのことが好きなんだな、なんて思った



だが、この想いが実ることなど到底有り得ないのだ。だって、想いの相手が男で尚且つ殺したいほど憎いと思っている天敵――折原臨也なのだから

もし口が滑って想いを告げたら、「何ソレすごく笑えない冗談だね気持ち悪い」なんて言われるのが目に見えている。フラれなくとも、俺の気持ちを利用し幸せの絶頂から一気に絶望のどん底に突き落とすに違いない。アイツはそーゆう奴だから…





「…あ、」





ヒュウと少し生暖かい風が吹くと、手のひらに乗せていた小さな桜の花弁が風に乗っかって、ふわりと緩やかに宙に舞った

静雄は宙に舞った桜を見てから、ゆっくりと目を瞑った





――…もう、諦めよう

絶対に叶うはずの無い想いを抱いていても、胸が苦しくなるだけだ
口を滑らせ臨也に告り、関係が無くなってしまうなら今のこの殺伐とした関係を続けていた方がマシだ。だから、俺はこの想いを無かったことにしよう。蓋をして封印しよう


今の時期に合わせて言うなら――…この想いから卒業する、と言ったところか



なかなか臆病な自分に「はっ」と鼻で自嘲的に笑った。そうして、目を開けて歩き出そうと思ったが、後ろから「シーズちゃん」と聞き慣れたテノールの声が響いてきた
考えことに耽ていたせいで、静雄は彼の匂いも気配にも全く気がつかなかった

顔だけを後ろにやれば、そこにはニコニコと憎たらしい笑みでこちらを見ている、黒い塊――臨也がいた






「こーんな道の真ん中で考えこと?いくら人が少ないからって邪魔だと思うけどなー」

「いーざーやーくぅーん?池袋にはくんなっつたよなぁ?」

「はは、その台詞何回目?」

「うるせぇっ」




こめかみに青筋を立てて、いつも通り臨也との喧嘩に発展する。だが、静雄の周りにお生憎様、近場に自販機などが無く、あると言えば一本の立派な桜の木があるだけなのでとりあえず殴りかかろうと思い拳を作った。


その間にまたブワッと風が吹き、たくさんの桜の花弁が宙に舞う





「――…桜、」





いきなりそう呟く臨也に静雄は少し唖然としたが、すぐに気を取り戻し眉間にシワを寄せた。とても不機嫌そうな、否、不機嫌な顔で臨也を見た






「はぁ?」

「いや、桜が綺麗だなーって思って。…ねぇ、シズちゃん今ってちょうど卒業の時期じゃん?」




それがどうした。


素直に静雄は言えば、臨也はクスクスと笑い始めた。静雄は眉間にさらにシワを寄せ、笑われたことにムカついたのと、また何か企んでいるのかと思い、作っていたの拳で早いとこアイツを殴ろうと思っていたのだが、何故か体は動かなかった。
まるで、奴の話を聞き入れようかと言ってるかのように






「だからさ、それに合わせて卒業しようかと思うんだよねぇ。こんな不毛な関係をさ、」

「……は?」

「だって十年だよ?そんなに殺し合いをしたのに、お互い殺されることなく元気に生きてるじゃないか。最初っからこの殺し合いは何も得るものなんて無かったんだよ。むしろ、損ばかり積み重なっていくばかりだ。まさに不毛すぎるじゃれあいだ」




ペラペラと止まることを知らないかのように口が動き、そこから発せられる長ったらしい言葉をきちんと聴くわけもなく、BGMとして聞き流し、ぼう…とよく喋る臨也を見ていた

卒業…つまり臨也は俺ともう関わりたくねえ、と。…あれか、俺が臨也に想いを寄せているのを知って気持ち悪くなったから、関わりたくないと言うことなんだな。

…そうだな。それが、良いんだよな。野郎にしかも天敵である奴に想いを寄せられていただなんて気持ちワリィだげだよな。…あぁ、終わった


己の口から想いを告げることも出来ずに俺はフラれる…否、フラれたのか
惨め、だな…





「…し、シズちゃん…?なんで…泣いてるの…?」

「……え、」





臨也に指摘され、静雄はソッと頬を触った。するとそこは濡れており、自分が泣いていたことを知った。泣いていると分かった途端、静雄の瞳からは自分の意志とは反対にボロボロと涙が溢れた





「くそ、くそ、とま、れよ…っ!」





拭っても拭っても止まることは無く、むしろ瞳からは次々と大粒の涙が静雄の頬を濡らした



最悪だ――…
臨也にはフラれるし、泣き顔は見られるし…いいこと何一つねぇーよ

静雄はこのまま己の醜態を見られたく無く、この場を走り去ろうと一歩後退した瞬間、ふわりと良い香りがし、一瞬視界が黒く染まった。





「―…泣かないで、シズちゃん」





状況を把握しきれなかった静雄だが、耳元からよく聞き慣れたテノールの声と、首に巻きつく腕、視線を合わせれば間近にある臨也の整った顔…それらで静雄は今、自分は臨也に抱き締められているのだと悟った。
背丈には静雄の方が大きいので端から見れば臨也が抱きついているように見えるが、雰囲気で抱き締められていると感じた






「―…っ、はな…ヒッグせよ!」

「嫌だよ。泣いているシズちゃんをほっとけないよ」

「ふざけ、んな!俺と、もう、関わりなく、ない、くせ、に…!」

「違うっ!」





いきなり大声を発した臨也に静雄は肩をビクッと跳ねらせるほど驚いた。こんなに声を張り上げて切羽詰まったような臨也を見るのは初めてで、静雄はソッと視線を臨也にやった




「違う…違うんだ…君との関係を無くしたいわけじゃないんだ…。ただ、こんな不毛で曖昧な関係が、嫌なんだ…」

「…いざや…?」

「…ねぇ、シズちゃん。俺は数え切れないほど君を傷つけて来てしまった。君を化け物と罵って、不良をけしかけて君の大嫌いな暴力を奮わせて…何度謝ったって謝りきれないほど、最低なことをしてきた。そんな俺からこんなこと言う資格なんて無いのかもしれない…でも、言わせて。俺を殴っても罵っても何したっていい。だからこれだけは言わせて…」





ね…?と催促され、静雄はおずおずと首を縦に振った。臨也はクスッと笑みを零して、抱き締めている腕の力を少し強めて彼の耳元で囁いた






「折原臨也は、平和島静雄のことが、」






ぶわっと強い風が吹き、地に落ちた桜の花びらや、木についていた桜の花びらが宙へ舞った

まるで、2人を隠すかのようにして―――…










卒業証書


バイバイ、
曖昧な俺たち











――――
無駄に長ェ…
3月かー…卒業ネタ書こう!あーでもないこーでもない……えー、もういやー……で、出来た!…え?もう5月…?

みたいな感じです
今更とか言わないでやってください…
年老いて書くスピードが遅くなりました。前からですけど(ぇ
お粗末様でした!








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