うすむらさき (1/2)

 







生を受けた瞬間から、私達は許婚だった。



政略上の婚姻。

見ず知らずの男を夫と呼ぶ。
そんな未来に愛など生まれないと思っていた。



けれども私達は出会って恋をして、愛し合っている。






 

うすむらさき












‥‥‥何とも珍妙な光景を見た。

そんな感想を今漏らしては怒るだろうか。








御廉を手繰り上げた手を止め‥‥‥否、手が止まったと言うべきだろう。

その体勢のまま惟盛は、室内にいる人物に声を掛けた。



「‥‥‥何をしているのですか?」

「御覧の通りです」



素っ気無い返答。

そして御廉から差し込む光を受けて艶めく黒髪は、動く事もなく。
‥‥‥つまりは、こちらを振り向く事もなく。




新妻とも言うべき北の方は、白い手を黙々と動かしていた。




 


「ですから、先程から貴女は何をしているのです?」

「み、見れば分かるでしょう?」



桜子の声音に微かな苛立ちが混ざる。





室の入り口で立ちすくんで、一度。
桜子の正面に座り、一度。
そして‥‥‥今一度。

同じ問いも三度繰り返されると、流石に良い気はしない。




「そうではなくて、なぜ貴女がこの様な事をしているのかと聞いているのです」

「‥‥‥え?」




意外だったのか顔を上げた桜子と、視線が絡んだ。





一夫多妻が主流な貴族に於いて珍しく、惟盛には藤原家から娶った妻一人だけ。

そして更に珍しく、通い婚が主流の世にあって、寝を共にしている。





夫婦仲は睦まじく、一族の重衡や経正は


『その溺愛ぶりは眼も当てられぬ』


などとからかう程。

その度に惟盛は否定してはみる。

が、重衡達の微笑を一層深くさせるだけだった。




そんな最愛の妻に今、向ける苛立ち。
‥‥‥が、彼女には伝わっていない様だった。



「なぜ?私が惟盛殿の妻だからでしょうか」

「答えになっていません」




眼差しをすっときつくしてこちらを見下ろす夫の姿に、桜子は不思議そうに首を傾げた。




一体何が彼の機嫌を損ねたのだろう。


相変わらず、手は布を持ち、針と糸を操っている。




「何を怒っていらっしゃるの?お針事も嗜みでしょう。気に入らないのですか?」



首を傾げたままじっと見つめれば、彼はふと目を逸らした。




 



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