決別
「ここに来れば会えると思っていました。惟盛殿」
「桜子殿・・・一体何用ですか」
そろそろ出立の刻限だと思い、名残惜しみながら木から離れようとした。
今から憎む源氏に、滅びを与えに赴く。
足元の荷を持ち上げるべく、身を屈めた惟盛に掛けられた小さな声に、眉を顰めた。
視線を上げた先には案の定、腰までの黒髪の女。
「私の事を覚えていて下さったのですね」
「・・・・・・たった今迄忘れておりましたよ」
冷たく言い放った惟盛に、桜子は何も言わずに微笑むだけ。
それはあの頃と、何ら変わらぬ笑顔だった。
「・・・・・・もう、行かれるのですか?」
「・・・・・・・・・何処から、そんな話を・・・」
自分が今から京へ向かう事など祖父しか知らぬというのに。
惟盛の眼差しはきつくなる。
「ふふっ、清盛様が教えて下さいました」
「あの方も余計な事をなさる」
「私が無理に聞き出したのです。貴方に会いたかったから」
愛していた
貴方を
貴女を
一度は交わった、二人の縁
遠く儚い夢の灯
「最後に聞かせて下さい。
私の事をただの一度でも、
・・・・・・愛しいと思って下さいましたか?」
優しく黒い瞳に今は哀しみを少し漂わせ、けれども真っ直ぐ惟盛を見つめる桜子。
「・・・・・・・・・これはまた、おかしな事を・・・」
「・・・惟盛殿・・・」
「私が貴女の様な只の娘を、本気で愛しむとでも思っていたのですか?」
‥‥‥‥‥‥生まれ変わる事が出来たなら
二度と離しはしないのに。
永遠の決別は、
愛しい想いの消えぬままに‥‥‥
歩き出しながら惟盛は、桜子と過ごした日々を、思い返していた。
出会ったのは、今よりずっと光に満ちた、あの日
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