月光 (3/3)




「惟盛殿!話はまだ」

「断ります」

「ですから最後まで‥‥んっ‥」



桜子の言葉を遮る為に、唇を吸った。
それ以上は言わせるつもりはない。


抱き締め、深い口接けを交わし、そしてその場に引き倒した。



「痛っ‥‥惟盛殿!?」

「貴女以外の誰を抱けると言うのですか?」

「‥‥だって」



冷たい床を背に涙を浮かべる桜子の眼を、食い入るように見詰めた。


はらはらと、黒い双眸から流れる雫は愛しく、
眼にするだけでこれ程にも惹かれると言うのに。



「桜子‥‥‥私は女を疎ましいと想っています。それを知っているでしょう」

「知っているわ!でも貴方は女である私を抱くじゃない!だから他のっ‥‥‥」






言葉が続かなくなり、桜子の喉から嗚咽が漏れる。

胸が、苦しい。
泣かずに話をつけるつもりでいたのに、今の有様は何だろう。









こんな事を必死で言わねばならぬ自分。

何度も言わせる惟盛。

これ以上何を言えばいいのか、苦しい。






どうすれば、彼が納得するのか。

早く肯定させて諦めたいのに。












「‥‥‥他の?何です?」




濡れた眼に滲む惟盛が、怒っている。




貴族の、平家の一員である彼ならば世継ぎの必要性を、誰よりも知っている筈なのに。



けれど今、桜子を見下ろす彼にはまぎれもない苛立ち。




「‥‥‥‥‥‥貴女以外に触れたい者など、居ない」

「でも」

「お祖父様の血を継ぐ者でしたら、知盛殿も重衡殿もおります」

「でも、貴方は嫡‥‥あっ」




再び惟盛の顔が迫る。
重なる唇は怒りを含み熱かった。




「子供など必要ありません。貴女が居ればいい」

「駄目よ、それは」

「駄目ではありません。それを責める者が居るなら、二人で平家を出ましょう」

「‥‥‥え?」

「何度も言わせる気ですか。私は貴女さえ居れば良い‥‥‥‥貴女だけを護りたいのですから」








‥‥この、平家を愛する人が。

桜子の為に、愛する一族を捨てるとまで。











「と、当然です。妻を護るのが夫の役目でしょう」



桜子の涙につい自分らしからぬ本音をぶつけてしまった事に気付いた。

‥‥体裁が悪くなり、ふいと眼を逸らす。




「惟盛殿‥‥」








視界に広がる愛しい妻の、

涙混じりの、笑顔。









「‥‥‥貴方に出会えて、幸せです」

「それも当然です。私を誰だと思っているのですか」





互いに同じ体温になりたくて
一つに溶けたくて、重ねる身体が愛おしい。





言葉にならぬ言葉で恋を紡ぐ。
零れる甘い喘ぎが、どんな美姫の囁きよりも惟盛を酔わせた。






























「‥‥‥見て惟盛殿、紅い月が綺麗ね」

「綺麗ですか?紅の月は不吉の前兆とも言います」

「そうかしら。私には血の色よりもっと深く見える。
‥‥‥‥貴方を想う色を表せば、きっとこんな色」



昼間から睦みあって、漸く落ち着いた今は深夜。

二人とも下戸ゆえ、月見酒ならぬ月見の団子を用意させた、濡れ縁。





紅月が雲に隠れては姿を現す。





「成る程、貴女の想いは血色ですか?恐ろしい」

「笑いながら仰っても、怖がっているように見えません」



桜子もまたくすりと笑い、白湯を口に含む。
白い喉が嚥下して行く様を惟盛は見つめた。



「‥‥‥血の色、貴女の仰る通りかもしれませんね。身体を巡る想いは、熱く流れるものと酷似していて‥‥‥私を形造る」












貴女は私の中を巡る紅。

私というの存在の、一番基礎を形作る確かな存在。







これから先
どれ程時が経ても、どれ程離れても

私が私で在る為に、貴女を護り続けるでしょう。










紅い月光の下

桜子の肩に、頬を埋めた。














ネタバレ防止の為あまり居えませんが、史実や愛蔵版では設定が違います。
愛蔵版発売より以前の作品なのでそこはスルーでお願いします。


  



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