月光 (1/3)
今宵の月は、澄んだ紅
愛し君の内を巡る色の如く
月光
ただ其処に、肩を寄せ合うだけで胸の奥底から安堵する。
隙間を埋めたくて、更にと寄せる。
さらりとした黒髪が惟盛の胸を滑るのが、くすぐったい。
「何を笑っているのです?」
「貴方の安らいだ顔が優しいから」
胸に頬を当てたまま眼だけ上を向き、妻は尚も声を殺して笑う。
『優しいから』吹き出すとは随分と失礼な言い草だ。
それではまるで、普段の自分が仏頂面のようではないか。
‥‥‥まだ親戚の知盛を指して言うのなら、それもそうだ、と納得できようが。
「あら、貴方も人に対しては仏頂面が多いでしょう?花や月を眺める時は優しいのに」
「‥‥‥失礼な。私は誰にもそつなく対応しております」
「そうかしら」
憮然と言えば桜子はくすくす笑い出した。
惟盛の眉間に思わず力が籠もる。
確かに人付き合いは得意ではない。
だがしかし。
今を時めく平家の嫡孫であるこの身。
官位もそれなりに戴いているし、今上帝に側近く侍っている、誰もが羨む身分。
少年時代はともかくとして、ある程度の対人作法は心得ている。
そうでなければ今頃
権力に媚びて来る貴族や、娘を側室にして平家の親族に成り上がらんとする貴族の格好の餌食になっているだろう。
「そうでなければ今頃弊害ばかりで困っている筈です、桜子も」
何しろ相手は、長年生きた狡猾な狸共。
強引に押し切られそうになったり、もてなされた酒席でどこぞの姫とやらを「酒の肴に」差し出された事もうんざりするほど、ある。
女官や姫達に『お慕いしています!惟盛様!!』と唐突に叫ばれたり、危うく抱き付かれそうになったり。
それらを丁寧かつきっぱり断り、更に禍根を残さぬよう処理する事が一体どれだけ大変か。
桜子は知らないだろう。
「弊害、とはもしや側室云々のことかしら?」
「‥‥‥ええ、そうですよ。あれよと押し切られ側室が増えてゆくのは桜子も嫌でしょう?」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥……桜子?」
当然「嫌」と返してくると思っていた。
だが、桜子は沈黙を返すのみ。
不思議に思い凝視すれば、ややあって桜子が身体を起こした。
「どうしたのです?」
「月を、見ませんか」
「月?いきなり何を‥‥」
何故、今、月見に誘うのか。
問おうとしたけれど。
「‥‥‥ええ。構いませんよ」
この妻を前にすれば調子が狂うことなど、日常。
何やら堪えているらしい桜子の為に、惟盛は一糸纏わぬ身を整える為、散らばった夜着を取り袖を通した。
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