夢灯籠 完
青年の髪がふわりと風に乗る。
綺麗なウェーブはちっとも変わっていなくて。
涙を流し続ける桜子をそっと抱き寄せる腕すらも、心地好い温もりは変わらなかった。
「お待ちを。桜の君」
「‥‥‥今どきそんな言葉、誰も言わないでしょっ‥‥」
「‥‥ええ。けれど初めはこう話しかけると決めていましたから‥‥‥貴女との夢で、ずっと」
『お待ちを‥‥!桜の君!』
『‥‥‥はあぁ?何言ってるの?頭おかしくないかしらこの人』
‥‥出逢いは桜の下だった。
『これは‥‥‥桜が見せた夢かしら?』
『は?何を惚けた事をおっしゃっているのですか?』
再会も桜の木の下で。
惹かれ、恋を覚え
『‥‥‥貴女で良かった‥‥‥』
『‥‥‥私も。本当は貴方が夫になる人だったら、って思っていました』
生涯一人だけの契りを交わした。
『‥‥‥ですから、私がずっと貴女の傍で見張って居なければならないでしょう』
『素直に仰ればいいのに』
『私は貴方の妻。何があっても離れません。それに、怨霊ならば再び死す事もないから‥‥‥ずっと側に居られるわ』
『貴女の存在が迷惑だと、言ったのです』
死を冒涜した桜子と
拒絶した惟盛と
別たれてしまった縁
『‥‥幸福でしたか?』
『私が貴女の様な只の娘を、本気で愛しむとでも思っていたのですか?』
突き放し、忘れようとした日々すら
愛しく、彩る
「‥‥‥今度こそ、ずっと貴女の傍で見張っていますよ」
「‥‥相変わらず素直じゃないのね」
何処からか知らぬが、帰ってきた望美達。
桜子と、隣の彼に腰を抜かしたのは数日後のことになる。
そして、有川家に居候となった彼らに引き合わされるのは‥‥また、別の話。
此処だけ季節外れの陽気。
はらはらと散る白きものたちが、二人を祝福するかの如く口接けを落とす。
桜子の黒髪に青年の栗色に。
時を経て抱き締めた温もりは、何処までも懐かしくて言い知れぬ愛しさ。
‥‥‥‥‥‥生まれ変わる事が出来たなら
二度と離しはしないのに。
風に乗って聞こえたのは
どちらのものとも云えぬ、誓いそのもの。
夢灯籠・完
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