恋しき名 (4/4)
──時を超え世界を超えた今でも、その名を。
「‥‥ま、待ってって言ってるでしょ?有川君はつまづいた私を支えてくれただけなのに」
「その割には貴女が嬉しそうに見えましたが?」
「冗談!」
静かな音を立てて閉まる扉の中。
猜疑の言葉と比例して、腕の力が強くなる。
‥‥それは彼なりの不安の表現なのだと。
素直でない彼の訴えなのだと、桜子は知っている。
ずっと、ずっと、昔から。
「あなたがいいって言ってるじゃない」
「‥‥知りませんね。初耳ですよ」
「なっ、だって昔から‥」
「昔は昔、でしょう?」
「‥‥‥あなたってずるい。言ってくれた事がないくせに」
そう。昔から、彼は一言も‥‥
否。
一度だけ、消える時に告げてくれた。
【ずっと貴女を愛していた】
あの響きはとても切なくて、忘れられない。
「愛しています、桜子」
「‥‥‥え?」
俯く桜子の身体は、そっと熱に包まれる。
「こ、今度は間違える訳にいきませんからね」
それでも照れるのか、ふ、と背けた彼の横顔。
桜子は柔らかく笑う。
背伸びをして、自分から唇に触れた。
「私も、ずっと貴方を愛している」
溢れ出る想いをそのまま言葉に綴る。
一瞬、惚けた顔をした彼も、見惚れるような笑顔を浮かべた。
‥‥胸のうちで声がする。
今でも、呼び続けているその名を。
今では、恋の代名詞となった、あなたの名を。
これから先も、何度でも呼ぶわ。
願わくば、何度生まれ変わっても
あなたの傍に。
あなたの声で、私の名を呼んで。
このいとおしい、恋の名を。
「あれ?将臣くん」
「何なんだよ兄さん、ニヤニヤして気持ち悪いけど」
「あのなぁ‥‥」
弟の酷い一言にがっくりと項垂れながらも、将臣の頬は緩んだまま。
「‥本当にどうしたの将臣く‥‥‥あ」
譲と同じことを思ったとは伏せておく。
もう一度笑顔の意味を尋ねた望美は、彼の視線の先で遠くなってゆく二人に気付いた。
「あれは桜子さんと、惟盛さんですね」
「あぁ‥‥ま、そういうこった」
「は?兄さん、何が言いたいか分からないぞ」
時空を超えた世界で、あの二人は自分の息子と娘だった。
血の繋がりもなく、息子に至っては憎まれてさえいたけれど。
「何つーか、重盛もこんな気持ちでいたんだろうな、って思ってさ」
「‥‥重盛って兄さんがあっちで名乗ってた‥?」
思えば、擦れ違う二人しか知らなかった。
手を繋ぐ姿に思わず感動したなんて、流石に言えない。
「もう、将臣くんってば!まだニヤニヤしてるよ」
「真剣に不気味だよ、兄さん」
「‥‥お前らなぁ‥」
願わくば、平和なこの世界で
彼らの笑顔が絶えぬ様に。
将臣は空を見上げた。
京&転生の二人が混在しています。
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