色もなき心を

 
 







ずっと、ずっと

愛している人がいる。



生まれるもっと前から、私の恋は始まっていた。

























学校に着いたのは、四時間目が終わる直前だった。

それから先週の席替えで前の席になった親友は、こちらをちらちらと振り返ってきて。

昼休み開始のチャイムと同時に肩を掴まれた。



「何があったの?目、真っ赤だよ!」

「後で」


声に出さず、唇だけでそう伝えた。











「‥‥という、長い夢を見たの」

「はぁ‥‥それが遅刻の理由?」

「嘘だと思ってるでしょ?」

「お、思ってないよ!」




箸を片手に持ったまま、親友が溜め息を吐いているから、思い切り頬を膨らませた。

そうすれば、椅子に掛かる黒髪が緩やかな波を打つ。




「でもさ、いつもは断片って言うか‥一部分しか見ないんだよね?」

「そうなの‥‥全部を一度に見るなんて、初めてで」

「怨霊に、源平かぁ‥‥凄すぎる話で想像つかないな」

「うん。私もそう思う‥‥」





記憶を手繰り寄せようと眼を細める。



小さな頃から何度も、何度も見る夢は、いつも違う光景を映し出してくれたというのに。

何故か今日は、繋がった映画の様だった。





切なくて、苦しくて、涙零れて

愛おしい夢‥‥。





眼が覚めたときには枕が濡れていて、嗚咽が暫く止まらなかったほど。

このまま休もうかと思ったが、どうしても誰か‥‥目の前の彼女に、聞いて欲しくて学校に来た。

けれどあの瞳が、声が、ずっと頭から抜けない。




「幸せにしてあげたかったの‥‥あの人を」

「‥‥‥桜子?」

「争いのない世界で、あの人の傍にいたかった」





ぽろりと零れた呟き。
それは自分のものか、夢の中の『桜子』のものか。

区別が付かないほどに、言葉となった瞬間に胸を締め付けられた。










幸せにしてあげたかった

自分が幸せだったから‥‥‥















「‥‥それってさ、運命とか前世みたいなものかな」

「‥え?」

「桜子の夢。普通じゃないでしょ?そこまで想いが残るなら、きっと前世で遣り残した未練‥‥みたいな感じじゃないかなって」




意外と現実的な親友。
まさか彼女の口から、そんな非現実が出てくるとは思っていなくて。

ぽかんと口を開く桜子を見て彼女は笑った。

珍しく唖然としている桜子をからかう積もりでいた時、名を呼ばれてそれは中断される。



「あっ、日直なのを忘れてた‥‥ごめーん、すぐ行く!‥‥‥桜子も付いてくる?」



そう言えば五時間目は世界史で、確か日直は資料を取りに来るように、と前回の授業で先生が言っていた気がする。



「何で私が」

「えー?桜子と話が合うと思うのになぁ。やっぱり苦手?」

「苦手って言うか‥‥」



そこで言葉を区切り、桜子は教室の後扉を見遣った。
同じ日直である彼女を待っているクラスメイトの姿。


決して苦手ではない。
仲良くなれるとも思うし、面倒見の良い人だともクラスが同じになってから知った。


けれど、初めて会った時からどうしても‥‥彼と眼が合うと苦しくなるのだ。



ごめんなさい、と。
許して欲しい、と。



自分自身、説明の付かぬ罪悪感で一杯になる。




「‥‥幼馴染みの私から言うとアレだけど、いい人だよ」

「分かってる。帰って来たら頑張って話しかけるよ」

「うん。じゃ、資料室に行ってくるね」




その後ろ姿に有りもしない姿が重なって、桜子は固まった。
‥‥‥夢の一登場人物が彼女だなんて、どうかしている。




「保健室でも行こうかな‥‥‥‥あ、」



前席には散らかったままの弁当箱。



「片付けてから行けばいいのに、望美ってば」



はぁ、と溜め息を吐きながら手早く弁当箱を二人分片付ける。
それから窓の外を見る。
いつの間にか降り出した雨は激しく、雨音が昼休み特有の喧噪を遮っていた。












五時間目になっても、放課後を迎えても、望美と幼馴染みは帰って来ないまま。

そして一つ学年が下という彼の弟も一緒に居なくなったと、学校中が大騒ぎとなった。




 



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