春の日に

 
 





『置いて行かないで!』


その言葉の意味するところはあまりにも残酷で

‥‥‥不甲斐無さに、自分を幾度責めただろうか。























「将臣くん」

「‥望美か」



六波羅の一角で屈みこんでいる後ろ姿に、望美はそっと声を掛けた。
振り返る事無く帰ってくる返事。



「隣、いい?」

「んー‥?ああ」



よいしょ、と腰を下ろすと隣の浮かない男を見遣った。
彼の前には望美の両腕に抱えられる大きさの石。
一見ただの石にも見えるが、望美は知っている。


それが、焼け野原となった旧平家邸にあって、真新しいものである理由を。




「ここに眠ってるんだね」

「まぁな。六波羅はあいつらが一番幸せだった場所だ、って経正と瑠璃がな」



‥‥ま、あいつは塵一つ遺さねぇで逝きやがったけど、桜子の傍にいるだろうよ。





そう言い苦笑する将臣が、少しだけ引き摺っているように思えた。



今まで二人とこうして向き合い、彼は何を話していたのだろうか。
そして、望美が一番聞きたくて、けれど全てが終わるまで我慢していた問いに答えてくれるだろうか。


季節は巡る。
不条理も苦しみも涙も何もかもを飲み込んだままでも。

春になり、漸く戦が終わった今なら‥‥聞けるかも知れない。





「瑠璃‥さん?」

「桜子姫の乳姉妹で女房で‥‥とにかく一番二人を見ていた人物、ってやつだ。今は経正の女房だけどな」

「‥‥乳姉妹ってことは、桜子さんは‥?」

「ああ、桜子は生まれた時から藤原の姫だ。間違いない」

「‥‥‥そう」




聞きたかった答えは、「やはり」なのか「意外」なのか。

遣る瀬無い思いを抱えながら、密やかな墓標に望美は手を合わせる。




「‥あの時、桜子からちゃんと話を聞いてれば良かったな」

「は?お前、桜子と知り合いだったのか?」

「ううん、違うよ。桜子の話」

「あっちか?‥‥‥悪ぃ、ゆっくり説明してくれ」

「うん。そのつもりでここに来たんだよ」




陽光が背中を暖めてくれる中、望美は空を見上げていた。















『幸せにしてあげたかったの‥‥あの人を』














あの雨の日。
運命の分かれ道となった日。
泣きそうだった少女の夢を細部まで聞いていれば良かった。


そうすれば救えただろうか。
惟盛も、桜子も‥。


逆鱗で跳ぼうと思ったこともあった。
けれど、そうすればずっと先の‥‥未来まで変えてしまうと、強い危惧を抱いて断念して。

どれ程足掻いても変えられぬ運命がある事を、知っている。
惟盛の辿る運命がそれだとも。




けれど、逆鱗の話を将臣が聞けば、やはり運命を変えたがるだろう。

彼は今でも重い十字架を背負っている。

惟盛を封印した直後、将臣の隙を突き自らの命を絶った一人の女への、責任とやるせなさを。




「あのね、将臣くん‥‥‥」






騙り始める望美の髪。
ふわり、一陣の風が攫っていった。








 



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