泡沫

 

 





「まさか、そんな……この私が、敗北……?」



駆けつけた桜子が耳にしたのは呆然とした呟きだった。
彼らしからぬ弱々しげなそれに、縫い止められた体。





塀を曲がればすぐに、追い駆けた背に辿り着くというのに。





震えて‥‥足が、動かない。


「そんな‥‥」


勝手に漏れ出た声の、何と頼りないことだろうか。




「神子、封印を」


促す低い男の声。


「惟盛、今ここであなたを封印する!」





  神子


       封印





その意味を計りかね暫し呆然とした。





涙だけが勝手に伝ってゆく。
冷えてゆく心とは対象に、頬だけが熱くて。


桜子を余所に、無常にも話は進んでいった。




「めぐれ、天の声
 響け、地の声」


「‥‥っ!!惟盛殿!!」



封印。
惟盛を封印するとは、即ち消えるということ・


「っ!」


桜子の足が地を蹴った。








倶利伽羅には、惟盛の暴走を止める為に。


彼の手がこれ以上血に染まって欲しくない。
人間だった頃の、虫すら殺せぬ優しい彼を知っていたから。

嬉々として人を手に掛ける変わり果てた姿を、止めたくて。












‥‥否。

本当はそんな奇麗事なんて、どうでも良い。
建前でしかないのだ。








どんな姿であろうと、惟盛を望んだのは自分。

彼が道に反しても良かった。
狂気に染まっていても、血に染まろうとも。
‥‥彼が、他の誰かを愛していても。
















ただ、惟盛が愛しい。























「かの者を封ぜよ!」

「うあぁぁぁあ!」







「‥惟盛殿っ!!」







断末魔と重なって、悲痛な叫び声が響く。
封印の祝詞を受け、光を纏い始めた怨霊の名を呼ぶ声の主が、駆けて来た。

それは貴族の姫らしい、上質の壷装束を纏った女。



「‥‥まさか来るとは」

「ヒノエ?知り合いですか」

「ああ‥‥ちょっと、ね」




苦々しげな赤髪の少年とその叔父が囁く。



「桜子!?何であなたがっ!?」

「嘘だろっ!?」




その前では、我に返った望美‥‥白龍の神子らしき少女と弓を手にした青年が叫んでいた。

けれど桜子の耳には、驚愕と恐怖に似た問いも聞こえない。










惟盛を纏う光は徐々に眩くなる。

同時に、その幅を縮めてゆく。




「惟盛殿っ‥‥」




涙が溢れて止まらなかった。




 



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