倶利伽羅峠

 




「神子、呪詛を」

「はい、先生」



紙人形から発せられる嫌な気に眉を潜めながら、望美は手を伸ばした。
触れた瞬間、リズヴァーンの手の上でまばゆい光を発し、端から消滅していった。


倶利伽羅にやってきてから、三度目の呪詛浄化。


祝詞も何も使わず触れるだけで呪詛も穢れも浄化できる。
この世界に唯一の、尊き白龍の神子。
その顔色は優れなかった。





「‥‥これで、この後は‥」

「春日先輩?どうしたんですか?」

「う、ううん。何でもないよ譲くん!」




尚も心配そうに問い掛けようとする後輩の言葉を遮ったのは、慌しげな声。
慌しく駆けていく御家人と思わしき者達の姿。



「九郎様、彗星です!」




巨大な彗星が出現したと騒いでいる。
凶兆だと八葉の誰かが呟くのを拾い、望美はちらりと前を見る。


‥いつの間にか、離れた間に遠なった背中を。

背負うものが大きすぎる。
そして尚も今から‥‥背負わねば成らぬ宿命を持つ幼馴染み。



「あいつ‥‥」

「行こう、将臣くん」

「そう、だな。手っ取り早く片付けるとするか」

























花はやがて散る。

栄者はやがて地に堕ちる。


だが、それは許されぬこと。


猛き魂を持つ平家が滅ぶなど、あってはならぬ。
そう誓った祖父によって黄泉還った自分は、祖父の夢を叶える為に此処に在る。



存在の意味は、平家の再興。
怨霊として生きる事を決めた時、決めたのだ。
生者は滅すればいいと。


‥‥‥迷いはもう、棄てた。



















「‥‥‥‥‥‥怨霊よ地に落ちるが良い。あまねく人間に我が一門の力を思い知らせてやりなさい」


淡々と呪を紡ぐ。
場を陰の気が占めてゆくのを惟盛は感じ、口端に弧を描いた。



「そこまでだ、平惟盛!」



‥‥やはり、来たか。



八葉だか知らぬが、源氏の大将や軍師と‥‥一族を裏切った少年と。



「惟盛殿、あなたがその様な事を望まれるとは‥‥‥私はあなたを、止めねばならない」

「おや、裏切り者がいる。哀れなものですね。一門から見捨てられ、敵の元に走りましたか」



自分よりも先に怨霊となった彼が何を思うのか、露知らぬ。


だが今、冷たい言葉を吐きながら
何処かで少年を羨む心を感じている。



「よく喋る奴だな」

「あなたは‥‥‥!」

「確かに、平家から見た敦盛は、一門に弓ひく裏切り者かも知れねぇな‥‥‥だが、戦に関係ねぇ奴を喜んで巻き込むお前よりはマシだと思うぜ」

「何を偉そうに‥‥!何様のつもりですか!」




‥この男も居たのか。

所詮は重盛の名を騙る偽者。
平家の尊い宿命など、理解出来る筈もない。



やはり最初に消すべきだ。


持ち上げようとした手は、後に続く低められた言葉に一瞬だけ止まった。




「お前に余計なことをされちゃ、こっちも困るんだよ。今ならばまだ見逃してやる。桜子を泣かせるのは本意じゃねぇしな」



迷いはもう、ない。



「その名に聞き覚えはありません。私の企てであなたが不快になるというなら、ますますやる気が出てきましたよ」





殲滅すれば良い。
平家の栄華を邪魔する輩など、不要。





「‥惟盛、私達はあなたを止めに来た」




このまま怨霊を生み続けるより、天敵である白龍の神子達を片付けるのが優先か。

惟盛は浅く嘲笑った。



「お願い!こんなことはやめて!‥‥惟盛!あなたを封印したくない!」

「愚かな事を‥‥‥行きなさい、怨霊・鉄鼠。愚昧な者共に我らが力、教えてあげなさい!」

 



魅せるのは、最後の舞。





 



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