帰京の途

 


「そっか。一度引き受けた以上は最後まで責任持つつもりだったんだけどよ。まぁお前さんが決めたなら俺は何も言わねぇ」

「ありがとうございます。それから、お世話になりました」



湛快に面会を許され出家の旨を告げると、彼は長い嘆息の後に了承を告げた。

今度は隣に現別当の姿。



親子揃って対面を果たしてくれたことから見て、既に自分の意思は調べられているのではないかと疑ってしまう。
再び挨拶に来る手間を省くため、この場を正式な面会にする為に。



そう言えば、熊野には別個の情報網があるのだと。
随分昔に惟盛が教えてくれた言葉を思い出す。




「固っ苦しい挨拶はよせ。此処での俺は桜子の保護者だからよ」




何も問わぬ処に懐の深さを感じ、桜子は深々と頭を下げる。




「あんなちっちゃな譲ちゃんだったのになぁ。立派な姫君になったもんだ」




乱暴に頭を撫でる大きな手。
京に残した父を思い出させて、胸が痛んだ。



心配させたくないから、と何も告げずに旅立とうとしている親不孝な自分が切なくて。


涙が滲みそうになった時、不意に明るい声音が場を占めた。



「例え神仏といえど、麗しい姫君を取られるのは辛いね」

「‥‥まぁ、ヒノエ殿ったら」

「もう少し早く巡り合えたらオレが攫ったのにさ。惜しいな」

「阿呆。桜子はお前には勿体ねぇ」




現別当が茶化して片目を瞑る。

おどけた物言いがそのまま彼の優しさに思えて、桜子は笑った。























「桜子!?」

「‥‥‥将臣、殿?」

「えっ!?還内府様?」

「しーっ!声がデカい!」

「瑠璃、外ではその名で呼んでは駄目でしょう?」

「も、申し訳ございません!」




再び知己に会ったのは、もうすぐ京入りする時。

熊野道を中辺路から紀伊路へ辿り、岩清水八幡宮の麓だった。




青葉が微かに秋色に染まりかけた頃。




「びっくりしたぜ。お前達が熊野に居たとは知らなかった」

「ええ、縁戚を頼っていました」

「‥奇遇って言うか、な。俺も夏の間は熊野に居たんだぜ?」




あたりを警戒しながらの一言に、桜子の眼が開いた。

背後では瑠璃もまた、話が込み入った者と判断し、更に後ろに下がった。
見張りも兼ねての事だろう。




「将臣殿も?何故‥‥‥と伺っても栓のないことね」

「ははっ。そうしてくれると助かる」




将臣が平家が追い詰められつつあるこの時期に、福原を離れ熊野を訪れた理由。
思い当たるのは一つだけ。






熊野水軍の力を借りるべく別当に会いに行った、といった所か。







それは何処に「聞き耳」が潜んでいるかも知れぬこの場では、決して漏らせない。




「貴方が此処に居るという事は、望みは叶えられなかったのね?」

「ま、それもあるけどな‥‥」



懐かしい「義父」の、らしくもない歯切れの悪さに首を傾げる。

両腕を組みながら唸る。
そうして立っているとかの日の義父‥‥重盛に、本当に良く似ている。
桜子の微笑を誘うほどに。



「実はな、此処から山を登って伏見に向かうつもりだった」

「伏見、ですか?」

「ああ、伏見別邸にな」



伏見別邸、と聞いて桜子は訝る。


平家の総領である将臣が何故、縁の切れた桜子を訊ねるのか。




「こっちも調べてはいるんだが、時間がなくてな。情けねぇけど、桜子に頼みに来た」

「頼み、ですか‥?」

「雪見御所に今すぐ来てくれ」

「‥‥‥え?」








「清盛に会って、惟盛の行き先を聞き出して欲しい」








意味が分からない。




けれど、その真摯な瞳から窺えるのは、

平家の一大事なのだと。





気が付けば、桜子は自分の目的も忘れて、頷いていた。


 






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