恋しき名 (3/4)

 





燭を灯す事無く、冷たい床に押し付ける。

桜子の艶やかな黒髪が広がる様を、惟盛は静かに見詰めた。



「どうして‥」

「私より父上の方が良いですか?」

「‥は?何を、言って」




この感情は一体何だろう。

惟盛には経験のない、この渦巻く感情の名は、一体。







満月まで待てぬ。

桜子の顔が何度も胸に浮かんでは、そっと呼びかける切なさ。

耐え切れず、奥庭に近い仮住の室を飛び出したのが、一刻に満たぬ前のこと。





二人の室に桜子は不在で、女房の瑠璃が教えてくれた場所へ訪なう。

二人が愛でる庭。



そこで見つけた衝撃の光景に我を忘れた。

いっそ父を殴り、桜子に触れた指を消したいと思った。



この自分が。
暴力を嫌う、平惟盛が。

そんな激しい感情の名を、教えて欲しい。




「いっそ貴女を塗り籠めに閉じ込めてしまいたい」




誰も触れぬよう。
桜子に触れるのは、自分だけであるように‥‥‥。



「惟盛殿‥‥」



桜子の頬を濡らしてゆく、雫すら独占したい。


重ねた唇は甘く。



「惟盛殿‥‥貴方を待つ身がこんなに辛いなんて、思っていませんでした」



少し離して、綺麗な眼で囁く彼女に魅了されている。



「‥私も」

「‥‥‥え?今、なんて‥?」

「今?何のことです?」



それよりも、と。

桜子に腕を回し、強く覆い被さる。




熱と柔い身体。

桜の香が包む、惟盛の心。



「貴女が真に浮気をしていないか、夫として確かめなければなりませんね」

「‥っ!だから違うとっ‥‥んぅっ」



否定の言葉ごと桜子の唇を奪って。



長い口接けの後、離れた熱が互いに恋しかった。



「‥‥今宵の私は優しくありません」

「え?‥何を仰りたいの‥」

「ですから、私が優しく出来ないのは浮気を疑っているからだと理由をつけているのです」




桜色の帯を解く指先はそれでも優しい。



途端、弾ける笑い声。



「それは嫉妬ですか‥‥?惟盛殿」

「なっ、そんな筈はないでしょう!?」

「‥‥‥ふふっ。嬉しい」




視線が絡み合う。



「全く‥‥‥貴女は黙っていなさい」



久し振りに触れる極上の肌触りに、溺れた。










嫉妬



この激情の名を初めて知った、月の夜のこと。






 



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