言の葉











‥‥‥愛していた。



交わした約束のひとつひとつを、忘れられぬほど。


果たせなかった、約束。







未練と呼ぶ感情が残っている事を、嘲笑いながら

今となれば不可思議な衝動に突き動かされ‥‥‥







‥‥‥それを受け入れ、舞うは青海波。






















光が庭園を―――舞人たる青年を包み込む。


声もなく見つめる女の眼に涙。


それは青年の動きが緩慢になり、やがて静止しても、止まる事はなかった。




静かに舞い終えた瞬間。
惟盛は唯一の観客に気付くと眉を潜める。




桜子の涙から眼を逸らすと、女が言を紡いだ。





「‥‥‥惟盛殿。朝露でお身体を冷やしませんでしたか?」

「私は怨霊だと何度も言っているでしょう。貴女の様な脆弱な人間とは違います」




情熱の名残など何処にも見出だせない、素っ気無い返答。

それでも桜子は柔らかく笑った。


















‥‥‥もう、未練と呼ぶ残滓は残っていない。

そして、最早時間も残されていない。


















「平家の事を忘れて熊野に行きなさい」

「‥‥‥え?」

「確か縁戚の者がいる筈でしょう」

「そう‥‥だけど」



唐突な物言いに、思考が着いて行けない。
‥‥桜子の表情は正にそう、告げていた。



惟盛はそんな桜子を真面に捉え語りかけてくれる。


それだけで、幸せだと思う。
話の雲行きは怪しくとも。




「貴女の知る平惟盛という者は、もう何処にもいない。いい加減分かった事でしょう?」


生者と怨霊の現実を


「それを突き付ける為に、昨夜は私を‥‥?」

「‥‥‥‥‥‥ええ。」



彼独特の嘲笑を、黄泉返ってから幾度眼にしただろう。



「此所に居るのは、貴女を含めた人間共を殲滅したいと願っている存在です」

「‥‥‥」

「貴女を愛する事など、有り得ません。ですからもう、離れなさい‥‥‥‥遠くに行けばいい」




‥‥‥緩やかに波打つ惟盛の髪に、絡ませる彼の指先。

くるくると弄ぶのを桜子はじっと見詰めた。






惟盛は気付かないのだろうか。

たった今、彼の口から零れた矛盾に。



人間を滅ぼすと言いながら、桜子には離れろと。




本当に全て滅ぼしたいのなら
先ずは今、目の前に立つ桜子の喉を掻き切ればいいものを。







けれど、それを指摘する事はしない。
無意識な彼の言葉がいとおしくて、胸に秘める。




 



‥‥‥これから発する言葉を、口にするのは怖い。



拒絶を恐れているのではなく、それよりも。

それよりも、涙を零しそうになる桜子の心を恐れている。





「‥‥‥‥‥‥熊野に、行くわ」




桜子自身、驚く程静かな声音。






「‥‥‥そうですか」

「長い間お世話になりました」




ほぅ、と息を吐く惟盛。


安堵に緩む表情を桜子は目に焼き付ける。






忘れないように



‥‥‥愛しいひと

恋しいひと



最初で最後の、背の君の姿を忘れない為に。


永久に変わらぬ愛を込めて。




「女の身で熊野までは危険でしょう。有川にでも知らせておきますから、送って貰いなさい」




ほら‥‥‥また、矛盾。



心配してくれるのは、僅かに残る情なのか。
罪悪感からか。





惟盛本人は無意識なのだろう。

時折優しさを垣間見せるのは。




 



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