名残
肌を滑る指先の冷たさは変わる事無く。
高く導かれ、
熱くなるのは桜子だけ。
世の理から離れた彼の、身体は‥‥‥ぬくもりとは無縁のまま。
身体を繋げど、溶け合わぬ温度が
二人の行く末を、教えてくれた。
「‥‥‥夢?」
眼が覚めた時、室内には桜子一人。
あの冷たい腕はひとときの夢幻かと、寂しさにひしがれる身体を掻き抱こうとして、気付く。
剥き出しの素肌が、昨夜の全てを物語っていた。
「‥‥‥本当に、掴めない人」
ぽつり。
落ちた言葉は、胸元の紅い烙印に対して。
情を交わす時の、惟盛の癖。
それに気付いた桜子の胸が、言い様のない感情で熱くなった。
震える手で衾を掴みながら、顔を上げる。
瑠璃を呼ぶ暇が惜しい。
それよりも、手近な衣装を自分で着付ける方が速かった。
衣桁に掛けられた単を纏い袴を履き、上から山吹色の衣を羽織る。
そのままの流れで、手早く髪を結おうとしたけれど。
「‥あら?此処に置いた筈なのに」
確かに枕元に置いた筈の、髪飾り。
直ぐに探してみたが何故か見当たらない。
それはかの日、惟盛から贈られた大切なものだったのに。
「‥‥‥‥‥‥っ」
思い出すら失くしそうな気がして‥‥‥ひとしずく。
零れた、涙。
まだ、日は昇り始めた頃。
とはいえ邸の主たる桜子より遅く起きる者など客人くらいのもの。
「まぁ、桜子様」
滅多にない早起きの主が廊を足音高らかに走る姿に、擦れ違う侍女が驚く。
けれど、言葉を返す暇すら惜しく、速度は緩めなかった。
きっと彼は其処に居る、と。
理由もなく確信した。
勝手掴む屋敷内を走り、辿り着いたのは、桜咲く自慢の庭。
目の前の絢爛な光景に桜子は唯、立ち尽くした。
身に纏うは光。
彼の緩慢な腕の動き、指先の動きが表現する微妙な意味すら、伝わってくる。
楽はない。
「‥‥‥‥どう、して‥‥」
‥‥‥涙が溢れる。
その舞は、桜子の馴染み無きもの。
なのに、分かってしまった。
その舞が『青海波』であると。
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