源氏
その輩共は、忌々しい白を内包していた。
否、内包ではなく辺りに放っていた。
常人には分からぬであろうその光。
けれど怨霊の身には、煩わしさと一抹の不安を呼ぶ。
「どうやらこちらに向かっているようですね」
美しい白き雪景色の中、惟盛は空に仰ぎ呟く。
‥‥‥空を見上げることが、いつの間にか惟盛の癖になっていた。
「この先で待ち受けているのが惟盛なんですね。どんな人なんですか?」
「小松内府重盛の息子で、右近衛府権中将です。優雅で美に通じ、武士らしからぬ人物だと耳にしていましたが」
自ら攻め入るとは噂通りとも思えません。
そう続ける弁慶の声音に、望美はそうですかと返す。
手を腰の両手剣に添える。
いくつも時空を超えてきた。
いつの間にか身に染みた戦時の心得。
「惟盛本人も厄介だけど、取り巻きが沢山いるよね」
「怨霊ですね。惟盛よりはそちらに注意するべきでしょうか」
景時と譲が険しい視線を向ける先には数多の怨霊。
ぞわり、と鳥肌が走る。
‥‥何かがおかしい、そんな嫌な気配が近づく。
小さな龍神もまた、不安そうな眼をしていた。
「ううん、譲。気の流れ、止まってる‥‥‥」
「どうしたんだ白龍?」
「近づいてくる‥‥」
些か早口な、悪意のこもった声音がしたのは、その時。
瞬きの後。
望美の剣の師が用いるのと同じ移動手段で現れた‥‥頭に花を挿した、男が立っていた。
「虫けらが数匹、入り込みましたか?」
「平惟盛‥‥か?」
「羽虫に名乗る名などありません。怨霊たち、片付けなさい」
一目で惟盛の不快感を煽った。
惟盛に問いかけた人間どもからは、これまでに感じたことのないほど不快を覚える。
これは早急に消してしまうに限る。
怨霊に命じれば、相手は只の人間。
故に簡単に片付く筈。
とはいえ源氏の武将とその従者達ならば、多少は強いだろう。
そうであっても構わぬ。
怨霊など幾らでも生み出せる。
人間なればその内疲弊する。
疲れ果てるまで戦わせ、そして嬲るのも一興。
‥‥‥だが、惟盛の眼にしたものは予想を遙かに上回っていた。
怨霊武者を一瞬で浄化した 白き光
「何!何ですか今の光は!」
「平惟盛!軍を引いて!そうでなければ、あなたとも戦うことになる」
たった今光を生み出した少女は、真っ直ぐな瞳で惟盛に対峙していた。
先程から感じる不快感の正体はこれだと言うのか。
初めて見るけれど。
この世の理から外れた存在が、無意識に恐怖する‥‥‥唯一の。
「私は鎌倉殿が名代、源九郎義経!貴殿も名乗られよ」
少女の傍らで、武将らしい男が名乗りをあげる。
「九郎義経、源氏の‥‥‥ふふ、自ら乗り込んできたのですか。良い度胸ですね」
東国の田舎武将の、確か弟だったか。
平家に取って有害な羽虫。
「殿上人でもないあなた方に名乗るのも惜しまれる名なれど‥‥‥」
ここまでやって来たのだ。名乗ってやる親切を施すのも悪くない。
「私は三位中将、平惟盛。よろしい、九郎義経とその従者たちよ」
各々が得物を構えてじり、じりと間隔を開けるかのように移動している。
流石は戦慣れした、と褒めるべきなのかも知れぬ。
惟盛はにやり、と笑むと己も武器を構えた。
「‥‥‥ここで死になさい」
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