雪の花片

 





宇治上神社に着いたのは、景色が白に染まり抜いた、深雪の頃。





惟盛に従うのは生身の兵で無く、術により産み出された怨霊武者達。

暖も、兵糧や休憩も必要としない道中。
驚く程に楽だった。


‥‥怨霊とは如何に素晴らしいことか。
力に溢れ、人間の幾倍も優秀な存在。


怨霊だけの世になれば、今眺める雪景色も更に美しく映えるのではないか。




満足そうに口端を歪めている惟盛の元に、背後から足音が近付いて来たのは正にこの時。



「‥‥‥やはり、戦うのですか」

「あぁ、経正殿でしたか。何です?憶したのですか」

「いいえ。ですが、」

「ご心配には及びません。私が下賤な輩を一掃して参りましょう」



口の端を吊り上げた惟盛に何かを言いあぐねて、経正は口をつぐむ。

今の彼には、和を紡ぐ言の葉など、届かない。
そうと知っているから。

破壊と滅亡を心底願う彼には――何も。




代わりに頭上を降り仰いだ。




「‥‥‥また雪が、降り始めましたね」

「ああ‥‥‥本当に」





惟盛も空を見上げる。




天から舞い落ちる粒。

既に雪景色となった京をまた染めようかと、言わぬばかりに。




―京を血と炎で紅く染める―


そんな惟盛の決意ごと、覆い隠してしまう様に。





「天上から降る‥‥‥美しいですね」

「惟盛殿。ええ、確かに」





驚く程に優しい声音に、経正はつられて惟盛に眼を向けた。


そして瞠目した事を気付かれぬ為、再び天を仰ぐ。




「まるで桜の様だと思いませんか、経正殿」

「桜‥‥‥ですか?
ああ。確かに雪の舞は、花片の様にも見えますね」




「‥‥‥ええ。あまりに美しいので、触れる事を躊躇します」




経正は再び、静かに視線を巡らせた。


一心に天を見上げる横顔に。



「お触れになられては如何ですか?」






かつて愛でた



山桜



















「いいえ。ひとたび触れて終えば、破壊せずに居られなくなりますから」

「‥‥‥惟盛殿」

「では私は、陣に戻ります」

「惟盛殿、お待ち下さい」




経正が背後で呼び止める。
無視して惟盛は踵を返した。




「‥‥‥奇妙な感傷はまだ消えぬと言うのですね」



経正の気配が途絶えてから、惟盛は一人ごちる。



酷く煩わしい。

溢れる力を持ち、迷いの失せた怨霊たるこの身に、情など不要。


生きる事すら醜態にしか見えぬ人間など、滅びて終えばいいのだ。

紅く生温い血が、体内に流れていると考えるだけでおぞましい。



そして、父の名を騙り平家にはびこるあの男――‥‥‥。



「あれを消すのは最後でも良いでしょう。まずは虫けら共から全て消さねばなりません」



そう、平家を討ち滅ぼさんとする愚かな虫を焼き払う。


紅は飛沫を上げてこそ美しいのだ。

身中に留めて生を紡ぐ人間など、禍々しさの骨頂。

















『‥‥‥貴方が私を忘れてしまっても、私は貴方をお慕いしております』















「愚かな‥‥‥」


何故、幾度も思い返すのか。



‥‥‥もう、己が矛盾に気付いてしまった。








醜を憎み、美しきものを愛でる、強い自分。





けれどもこの世で唯一、畏れるものがあるとするなら‥‥‥

この世で一番美しき






‥‥‥桜。







 




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