昼想夜夢の如し










娑羅双樹の花の色

盛者必衰の理を表す









八千代を約束された一門。

先祖代々、貴族の身を守護する随身だった平家が、いつしか権力をも手にしていた。



『武に秀で知略に富み入内出来る娘がいれば、自ずと実権を掌握する道が見えるというもの』


あれは、中宮となった娘に男児が生まれた日。
東宮の外祖父となりし日の、清盛の科白だったか。






‥‥‥‥どんな美姫でも年波には勝てぬように、栄華もまた続かぬもの。



大輪の花は、散り行く定めだから美しいのか
美しいから散らねばならぬのか。



人の世も同じこと。

















田舎武者が挙兵した。

それから既に四年近く経つ。



最初は誰もが、蛭ヶ小島で旗印を挙げた源頼朝と言う男に奇異の眼を向けた。

平家に盾突くなど、正気の沙汰かと。

清盛に、頼朝の命乞いをした池禅尼の厚意を踏み躙るのかと。




けれど、やがて。
伊豆の小さな豪族・北条時政の娘を娶っていた男には、北条家の後援を受け瞬く間に古くからの後家人達が集まった。




穏やかな湖面が僅か一筋の流水で波紋を描くように

源氏の勢いに追われ、六波羅の邸を焼き捨てた平家は居を変えた。








播磨の国、雪見御所。








「‥‥‥明日に出立だなんてまた、随分と速いのね」

「ええ。手早い進撃で先手打つそうです。あちらの策は、常に我々の上を行くようですから」

「そんな。では平家は源氏に劣ると言うの、経正殿」




人当たりの良い微笑を崩さぬ青年の隣で桜子の手は止まった。




冬の入りはもうすぐ。




丹精込めた庭の植物が冬を越せる様にと、根元に藁を被せていたのだ。

かつての女房の半分を国へ帰し人手不足となった今、桜子が下々の仕事を喜々と行うのを、咎める者は滅多に現れない。



隣で被せた藁を手で押さえる青年もまた、桜子と志を同じくしている。

つまり、庭で過ごすひと刻を束の間の癒しと捉えているのだ。




「桜子殿。源氏には随分と優秀な軍師がいるそうです。伯父上は決してお認めにならないでしょうが‥‥‥」

「こんな風に平家を追い詰めたのですから、余程頭の良い軍師なのでしょうね」

「ええ。ですがそれ程優秀な人物であるなら、話し合えば通じると思うのです」

「‥‥‥やはり貴方は戦を避けたいの」




青年の睫毛に僅かに落ちた影。

桜子が目敏く見つけたのは、彼の真意を知っているからに他ない。




「‥‥‥戦は多くのものを失います。その事は桜子殿が一番良くご存じでしょう」

「‥‥‥‥‥‥」




明日、京へ進撃するのは惟盛の軍だという。

それも、源氏を滅ぼす為に自ら乗り出した彼。



かつては桜子と花を愛で、月を詠み、争いごとを何よりも厭んだ彼が。



桜子が誰よりも愛した唯一人。
その思い出を、彼自身が拒んでいる。

惟盛は居る。
けれど桜子は惟盛を失った。


怨霊となって数年が経った今では、目を合わせることすらない遠い遠い人。



「‥‥でも 「おや、珍しい。お祖父様が経正殿をお呼びでしたので探してみれば‥‥‥平家の公達が土いじりですか」



やっとの思いで口を開いた桜子に重なるように、背後から掛けられた艶のある声。
二人して振り向けば、薄紫の裾が微かな風に棚引いていた。



「あ‥‥‥」

「ああ、すみません。最近は桜子殿とこうして庭を愛でる事が趣味になりつつあるようですね」

「‥‥‥これはまた異な事を。戦の前に庭観賞など無意味極まりないでしょう」

「いえ。なかなかに趣がありますよ。惟盛殿もご一緒に如何ですか?」

「ご冗談を」




先程の憂い顔から一転し、経正はいつもの微笑を浮かべて立ち上がる。

どうか此処に残ってほしい、と眼で懇願する桜子と渋面の親族を見遣り、更に笑みを深くした。



「経正殿っ」

「桜子殿、失礼致します」



ゆるゆると去る後姿を怨めしげに見送れば、桜子の背後から溜め息がひとつ。


‥‥‥まだこの場に留まっていたのか。


いつもなら同じ室内に居るのを避ける人が、珍しい。




「‥‥‥‥惟盛殿は呼ばれていないのですか?」

「そのようですね」

「そう‥」




沈黙




振り返ることの出来ぬ、気まずい心地を感じる。



それでも‥‥‥桜子には幸福を感じさせてくれた。





 




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