ゆめの、うつつ
「‥‥‥何をしているのですか?貴女が伏せるなど、らしくもない事です」
夢現に聞こえるのは、胸が締め付けられる唯一の声。
‥‥そう。
愛しい彼はよく、こんな風に話しかけてきた。
「‥‥‥‥全く、あの男も余計な事を。なぜ私があの男の命などで、このような場所に出向かねばならぬのです」
不機嫌を露に呈している。
笑みが零れそうになれども、身体は鉛のように重くそれは叶わない。
「彼に言われるまでもない」
‥‥‥なんと、都合の良い夢に出会えたのだろう。
「熱、ですか‥‥‥人間とは不便なものですね」
ひんやりと、額に冷たいものが当てられた。
それが惟盛の手だと知って、苦しさを覚える桜子の胸。
惟盛は、死者。
血の通わない身体に、体温など有さない。
‥‥‥‥だから何だというのか。
「‥‥‥‥‥‥‥」
静寂が二人を包む。
相変わらず意識が漂うようで、瞼はぴくりとも動かない。
それで良い。
起きてしまえば醒めてしまうから、夢のままで。
惟盛も何も言わない。
代わりに注がれる視線‥‥‥熱を吸い取らんとする手。
勝手に瞼から溢れる、
涙だけが、桜子の思いを伝える手段。
「桜子‥‥」
額の手がゆらりと滑り、涙を拭ってくれる。
夢なら
夢ならば、どうか
覚めないで‥‥‥。
「桜子」
唇に触れた冷たさが恋しく懐かしい。
深い眠りに陥る前に、何度も何度も‥‥‥繰り返された。
‥‥あれほど辛かった身体だったのに。
朝、起きればすっかり元気になっていた。
「‥‥‥夢、なの‥‥?」
あの冷えた手も、冷たい唇も。
「いいえ、違う」
室内に漂う、桜梅の香の残滓。
唇に指先を充てれば感じる、口接けの名残。
「惟盛殿」
‥‥‥愛している。
愛している、愛している、愛して‥‥
「惟盛殿っ‥‥‥!」
人と言うものは確かに不便。
貴方を想うだけで締め付けられる鼓動は、人にしか備わってないのだろう。
鼓動を持たぬ惟盛。
それでも、夜闇に紛れて桜子を見舞った彼は
桜子の愛した彼のままだった。
前 次
表紙