涙熱

 




‥‥薄ら眼を開ければ、薄暗い室内の隅で燭の炎が揺れていた。



「姫様、お起きになられましたか?」

「瑠璃‥‥‥?私‥‥‥っ!」

「どうかお身体をそのままで。姫様は酷い熱ですから」

「熱‥‥?」




‥‥そうなのか。

いつになく不安定だったのも、熱があったから。



「お疲れなのでございましょう?お倒れ遊ばされたと、還内府様が教えて下さった時迄、この瑠璃は‥‥‥っ」



主が病とも気付かずに還内府の姿に卒倒してしまった瑠璃は、桜子の枕元で平伏し己を深く恥じていた。

気付かなかった‥‥‥主の異変に。
女房失格だと。



「‥‥‥申し訳もございませぬ!」

「顔を、上げなさい。瑠璃」

「‥‥‥姫様。私は、私は‥‥!!」

「大丈夫。よくやってくれているわ。瑠璃がいなければ、私はどうなっていたのか分からないもの」




そう。平家に寄る辺のない瑠璃を庇護するのが、主としての桜子の務め。


‥‥‥それさえなければ惟盛の後を追い、命など惜しんでいなかっただろう。


今でも、心の中にその願望が渦を巻いている。





数少ない言葉に桜子の思いを感じた侍女は、袖で眼を拭った。



「‥‥‥少し眠らせて」

「はい。では、病平癒の祈祷をお願いしてまいります」

「やめてよ。いくら霊験あらたかな上人様とは言っても、あの読経は煩くて眠れない」

「ですが、平家に今、薬師はいませんし‥‥」

「そう言えば、昔いた有能な薬師が源氏に寝返ったとか‥‥」




語りながら眠りに落ちる直前。
ほんの一瞬だけ幸せそうに緩む頬。

それは今の情報が、仲睦まじかった頃の夫から聞いたからだろう。



「姫様‥‥‥」



瑠璃の眼からは、新たな涙が行く筋も。



「姫様、どれ程お辛いのでしょう?‥‥‥どれ程、過酷な事を神仏は姫様にお与えになられるのですか」




代わって差し上げたいのに。

再び袖を押し当てた時、瑠璃の耳は音を拾った。




静かな、静かに顰められた‥‥‥足音。



 



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