還内府
「そうであったな。戦が続き、我等は邸を空けていたゆえ‥‥‥今ならば重盛も邸に居よう」
「真でございますか!?」
「嘘ではない。桜子も会いたかろう?」
清盛の問いに、床に付いた指先がぴくりと震えた。
会いたい。
優しく豪快で、暖かい義父だった。
繊細な惟盛とは正反対だが、底にある優しさは似通っている人。
そう。叶うならば会いたい。
けれど‥‥‥‥‥‥再会をまた否定されるのは、怖い。
「何も今でなくても宜しいでしょう。お祖父さまも戦から戻ったばかりでお疲れなのですから‥‥‥‥‥それに、あの男も」
桜子の答えを紡がせまいと、背後から惟盛が憂鬱そうに訴えた。
『あの男』の単語に桜子は首を傾げる。
あれ程、父を慕っていた惟盛だったのに‥‥‥何故、嫌悪の響きすら宿しているのか。
ちらり横を見れば、経正は説明に困った表情で微笑した。
廊の床を踏む、強い足音が桜子の耳に届いたのは‥‥‥その時。
咄嗟に振り向いた眼が捉えたのは、やや乱暴に御廉を繰り上げる、強い手だった。
「‥‥‥清盛、今度の戦に忠度殿の兵を貸して貰える様に説得してくれ‥‥‥っと、悪ぃ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥お、義父さま‥‥?」
ああ。
記憶に残る義父の若かりし日は、こんな姿だったのだろうか。
昔、惟盛は母親似だと聞いた事があるが、なるほどと思う。
驚く程に似ていないから。
懐かしさに涙が滲む桜子に、青年は決まり悪げに頭を掻いた。
「あー‥‥‥清盛?」
「何と、重盛は息子の北の方の顔も忘れてしまったか」
「お祖父様!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥北の方?息子ってのは‥‥‥」
眼を取り落としそうな程に見開いて、青年は桜子の前に座った。
まじまじとまるで珍しい物を見る様に視線を合わせてくる。
「‥‥‥マジかよ‥‥あんたが惟盛の」
「有川将臣!何を言っているのですか?この私が何故人間などを娶らねばならぬのです」
「は?でもよ、今清盛が」
「汚らわしい」
間髪を入れずに否定する、声に胸が痛む。
それでも久方振りに顔を見ると、胸が高鳴ってしまうのだから質が悪い。
「あの‥‥お義父様?」
「あー。悪いけど俺はあんたの知ってる重盛じゃねぇ。別人だが訳あってここにいる。有川将臣って名前もあるしな」
「ありかわ‥‥‥?」
微かに潜めた彼の声音は、離れている清盛や惟盛には届かない。
聞き慣れぬ名前に首を傾げる。
「説明はまた今度な」と笑う彼は、確かに瓜二つだけれど‥‥‥違った。
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