再逢






「お待ちになって下さいまし!‥‥‥姫様!」

「瑠璃は後から来て!」




速く、疾く、気だけが急く。

小袿の袴裾が絡み付いて転びかけるも、耐えながら走った。











惟盛が蘇った。











清盛が遣わせた女房の先導など待てなくて、途中で場所だけを聞き走る。



『全く‥‥‥また扇も持たずに、邸を走り回る‥‥それでも平家一族の妻ですか』


今の桜子を見て、いつものように眉を顰めるだろうか。



『‥‥‥貴女に会いたかった‥』


と、あの艶やかな声を震わせて抱き締めてくれるだろうか。





喪う事に耐え切れず、清盛に再びの生を乞うた桜子を、惟盛は怒るかも知れない。
それとも、全てを包み‥‥‥嘆息と微笑でもって、許してくれるかも知れない。


そんな事ばかりが桜子の頭を、廻り続けた。









渡廊を走り目指す対屋が近付く。
それに連れて桜子の胸が、激しく鼓動を掻き鳴らした。



胸を騒がせるのは心労と、不安と、寂日の恋心と‥‥‥



「‥‥‥‥‥‥また、逢える」



狂おしい程の、愛情。









御廉の前で一瞬立ち竦んだ。
捲り上げるべく伸ばした指が、ひんやりとした木の感触を捕らえる。



「お義祖父様‥‥‥桜子です」

「おぉ、もう参ったか。疾く中へ」



数日前と全く変わらぬ清盛の声に安堵して、勢いよく御廉を上げた。


‥‥途端、目眩を起こしそうになる。




「‥‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥あっ‥」




清盛の正面に座し、杯を手にするのは、一人の美しい青年。
静かに桜子を見つめる。



「惟盛殿‥‥‥」



桜子の眼が熱くなった。



全く違わぬあの姿で、愛し背の君が黄泉路から戻って来てくれた。


清盛が、余人の眼がなければ、思い切りその胸に飛び込めたものを。
愛しくて愛しくて、喪失に苦しんだ日々の想いの丈を込めて。



「桜子、何をそこで立っておる?」

「‥‥‥はい‥」




笑う清盛に促され、室内を進む。

許可を得てそのまま惟盛の斜め前まで進み、桜子は腰を下ろした。



「ご帰還、何よりも嬉しく思います‥‥‥惟盛殿」



床に付いた指先が震えた。



惟盛によって教えられた、彼好みの雅やかな一礼を披露する。
そのまま、頭を上げる事が出来ない。



桜子も、清盛も、ただ待った。



彼の言葉を。











「‥‥‥お祖父様。会わせたい方とはこの娘の事ですか」




‥‥惟盛殿、と。

繰り返しかけた言葉を、桜子は寸前で押しとどめた。




懐かしい声。




「惟盛、そなたも会いたかったであろう?桜子に」

「‥‥‥私が?何故です?」





幾度となく夢に見た声。





彼の意思すら知らず、怨霊としての生を願った桜子。

彼は怒るだろうか。

それとも、嘆息と微笑で許してくれるだろうか‥‥‥。








「‥‥‥惟盛殿、私を覚えてらっしゃいますか‥?」

「‥‥‥‥‥‥」

「惟盛?何か言わぬか。そなたの北の方なのだぞ」

「‥‥‥北の方?貴女が?‥‥‥‥‥‥ああ、そう言えばその様な者が居たらしいですね」

「‥‥らしい?」

「以前はどうか知りません‥‥‥が、貴女の様な下賤な娘を妻にしていたなど、この平惟盛の恥」




惟盛は冷たい眼をしていた。

初めて出逢った時ですら、向けられた事のない‥‥‥‥‥‥氷の瞳。




その優美な指先で、彼自身の緩やかな髪を巻き取る。

苛立たし気に行うその所作さえ、美しいのに。




「どういう、こと‥‥‥」



凍ってゆく。

心が悲鳴を上げて、この現実から逃げ出したいと訴える。


辛うじて気丈を保つ、呆然とした桜子を見ても、昔の様に抱き締めようともせず。








「分からないのですか?


貴女の存在が迷惑だと、言ったのです」










今、桜子の胸を占めるのは‥‥‥



   混 沌





 




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