冬桜 後編








―――吹く風の
誘ふものとは知りながら

散りぬる花の
しひて恋ひしき―――










「‥‥‥あら?桜が」



頃はまだ冬。


如月の空は青く冷え

舞うのは、白い雪。





季節を忘れたのか、色付くのは一本の‥‥‥山桜。



「まだ花を付けるには早いのに。貴方も惟盛殿が恋しいの?」



雪の中、蕾を開けた健気な木。
自分と重ねれば、胸を締め付ける。



惟盛が戦に赴き、三月。




一向に帰る気配の見せぬ夫が恋しくて

このまま帰らぬのではないかと、恐れ慄くこの心を

‥‥‥‥桜に見抜かれた気がした。



「慰めてくれるの‥‥‥?」



答える声など、ない。

そこにあるのはただ静かに薄い色を添える木のみ。




まるで、桜子を見守ってくれるかの様に静かに。







ざわりと、胸騒ぎを覚えるほどに
ただ優しく‥‥‥。















「姫様!!‥‥‥姫、様っ!!」



そろそろ午刻になるだろうか。

瑠璃が桜子を呼びながら足速に歩く、裾捌きの音がした。



何時になく性急な音を訝しく思いながら、庭から廊を振り返る。



「瑠璃‥‥‥と、重衡殿?」



辛うじて女房である瑠璃が、客人である重衡をお通ししてきた体裁を取るにすぎない。

女房としての矜持が、夫君以外の男を一人で桜子の元へ通わせるのを、許さなかったらしい。



「桜子、様‥‥重衡様がお見えでございます」

「桜子殿。急ぎの用向きなので、無礼を承知願います」

「それは別に構わないけれど‥‥‥ありがとう。下がっていいわ、瑠璃」

「いえ。どうか女房殿もこのままで」



一礼をして退がろうとした瑠璃を呼び止めて、重衡は桜子と眼が合った。


普段は笑みを絶やさぬ重衡の、初めて見る思い詰めた眼。











‥‥‥‥‥‥嫌な胸騒ぎが先刻より大きく、響く。












毎日戦の状況を報せ来る兵が、なぜ今日に限って来ないのか。




それは―‥‥‥

聞きたく、ない。






「‥‥‥‥‥‥桜子殿、お聞き下さい‥‥‥」




重衡が桜子の肩に手を添えたのは‥‥‥‥‥‥きっと、気を失ったこの身体を抱き留める為。

分かってしまうのが哀しかった。






「惟盛殿が‥‥‥武士らしく勇壮な死を遂げられた‥‥」












―――愛し背の君の命を奪うは、一本の矢―――


















なぜ



気を失わずにいるのだろう。



「‥‥‥‥‥‥そんな!嘘です!!惟盛様がっ‥‥」



‥‥‥瑠璃が泣いている。




「‥‥桜子殿、申し訳ありません。私が付いておりながら‥‥‥」



‥‥‥肩に食い込む重衡の指。



後悔に震えながら、ひたすらに懺悔と悔恨を繰り返すのは、
白牡丹の君だと謳われている銀の青年だというのに。
打ちひしがれた彼の表情はいっそ無残。

妻であった桜子には、自らの口でその悲報を告げたかったのだろう。

戦場からそのまま馬を走らせた重衡の、頬に、狩衣に、血痕が痛々しかった。





「‥‥‥姫様っ‥‥お気を確かに、姫様ぁっ!!」

「‥‥‥‥‥‥‥瑠璃‥」






哀しい程に気は、確かだった。




いっそ、心が壊れ正気を失ってしまえばいいものを。




この身が裂ける程に

千々に裂けて、いっそ‥‥‥




「‥‥‥あ‥‥やだ‥」




‥‥‥‥‥‥いっそ、同じ場所に向かえたら。



「惟盛殿‥‥‥」







涙すら流れなかった。





ふと呼ばれた気がして、桜子は背後を振り返る。



「‥‥‥だから、咲いたのね‥」



桜が、泣く桜子の、せめてもの慰めになるように。

あの人が咲かせたのだ。







ゆらり、と視界が滲む。


身体から力が抜けてゆく。




「桜子殿!?」

「姫様ぁっ!!」










このまま、貴方の許に逝けたら





‥‥‥いいのに





 



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