いくさごと




朝焼けの移り変わる空の美を、肩を寄せ眺める。


花々を共に愛でれば
如何様な色が似合うか、と互いにじゃれ合って笑い合う。



月を、彗晶の星灯を頼りに
ただ愛しき肌を重ね合わせる。



苦しみすら分け合えば甘美なものとなる程の、幸福な日々。







夢の如く美しき日々が

永続する幸せを噛み締めていた。












伊豆で、清和源氏の嫡男が挙兵した。

そう桜子が聞いたのは、夜も更け‥‥朝靄掛かった頃のこと。



「池の禅尼様がお祖父様にご懇願されて、死罪を免れ蛭ヶ小島に流された男ですよ」

「源頼朝‥‥‥ですか」



聞き慣れぬ東男(あずまお)の名に首を傾げ、更にその報をもたらした人物にも違和感を感じた。




‥‥‥源氏が伊豆で挙兵。




それを他愛もなく告げるは、たった今まで肌を重ねた夫。


花鳥風月を愛して止まず、戦や政ごとには興味を持たぬ。

そんな惟盛の口から聞かされたのだから。



「貴方が私にその様な言葉を枕に語るなんて、珍しい」

「‥‥‥ええ、そうでしょうね」



嘆息に小さな声が混ざる。

抱き寄せられた素肌を滑る惟盛の呼吸が、熱の冷めぬ肌に炎を灯した。



「私もこの様な無粋な言の葉を貴女に聞かせたい訳ではありません。ただ‥‥‥」



戦が始まるのだ。



「貴女が健やかに生きられる為にならば仕方なく私も戦う、とお祖父様に申し上げたのです」

「‥‥惟盛殿‥‥‥‥」



淡々と告げる惟盛に、桜子は落ちそうな程に眼を開いた。



恐らく夫は気付いていないだろう。


これまで、惟盛の口から桜子に対する讃辞は聞けども、愛を語られる事などなかった。



言葉よりも眼差しで、肌で指先で、雄弁に語る人だから。



きっと彼は気付いていない。

今のは最高の愛の言葉だと、桜子は感じた事など‥‥‥夢にも思わないだろう。



「何を泣いているのですか」

「‥‥‥泣いてなどいません」



‥‥‥言えば貴方は否定なさるから、秘密。


惟盛が桜子に対して素直でないのはよく知っている。



煌めく星よりも胸に輝く言葉を、桜子は抱き締めた。

怪訝な表情を浮かべる愛しき人には、誘う様に腕を伸ばして。



















「桜と梅の枝でしょう?何度も言われずとも分かっておりますよ」

「‥‥‥それを挿して『青海波』を舞って下さいね」

「それも貴女がしつこい位に念を押したではありませんか」

「ええ。でも、もう一度確認したくて」




本日、惟盛は頼朝追討群の総大将として出陣する。



武門の妻の仕来たりとして、桜子は具足の緒を締めた。

武者姿の彼は溜め息が出そうに美しい。


けれど、美に心捕われるよりも桜子は願う。
武功を立てるよりも‥‥‥生きて再び相見える事を。


祈る想いで約束を幾度も請えば、呆れる様に惟盛は溜め息を吐いた。



「桜子」

「はい」

「‥‥‥私は約束を違えません。戦を終わらせ我が平家の栄誉を守り、そして‥‥‥桜子の為だけに青海波を舞う」



後白河法皇が五十歳を迎えた折、祝賀の宴にて披露した舞。

桜と梅を挿して舞うその姿は、匂い立つ程の美しさだったと言う。
その美を居合わせた者達は忘れられず‥‥‥故に、彼に付いた『桜梅少将』との呼び名。


幾つ季節が巡っても語り継がれる程に、印象に残ったと言う。






体調を崩し見る事の叶わなかった妻の為に、再び舞って見せると約束した。


今まで一度も是と言わなかったが、何故か彼女に見せておきたいと思わせたから。



「はい‥‥‥惟盛殿、お帰りを待ってます。ご武運を」

「ええ」



儀に則って礼をする、桜子の優雅な所作。
惟盛は眼が吸い寄せられた。











‥‥‥貴女をお守りする為ならば

如何な醜悪すらも引き受けましょう。



















何処か遠くで楽が聞こえる。




澄んだ音色は出陣を言祝ぐかのように。














世の全て、夢まぼろしと


諭すかのように‥‥‥
















夢灯籠、前編完




 




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