生の果て

 




「‥‥‥怨霊?」

「怨霊を耳にした事はありませんか、桜子?」

「いえ、あるけれど‥‥‥‥‥まさか」



喧々と一通り言って清々しくなった惟盛と桜子。


二人の住まう室に戻り、桜子付きの女房の瑠璃がもたらす瓜を食していた。


しゃり、と瑞々しい食感に舌鼓をうつ桜子。




先刻出会った少年を惟盛に尋ね、返ってきた‥‥‥‥‥‥‥怨霊、と。



まさか、と目を見張る。





あの少年はとても優しい美しさを持っていたのに。




「お祖父様が黄泉返りなされた事は存じているでしょう?」

「当たり前だわ。これでも貴方の妻だもの」



意味もなく胸を張る桜子に手を伸ばせば、すぐに惟盛に凭れかかる。


‥‥‥いと白く柔らかな、美しい妻。



「惟盛殿‥‥‥どうなさったの」



‥‥‥抱き締めたのは自分から。



けれど反対に抱き返されれば、桜子の豊かな胸乳に寄せられた。


愛しき熱に包まれ安堵する。




「ねぇ、本当にどうなさったの?今日の貴方‥‥‥何か違う」

「‥‥‥‥‥‥桜子。お祖父様も敦盛も‥‥‥‥‥‥一度は死して、後に怨霊として帰ってきたのです」

「‥‥‥‥‥‥そんな!だって、怨霊はもっと‥‥醜いと!」



どくん   と


跳ねた胸と





抱き締め合う、震える身体同士。





「ええ‥‥‥」




小さな呟きを漏らして後は、言葉がなかった。





不自然な力で怨霊と化すれば、美しいままで永き生を受けるというのか。











けれど

けれども‥‥‥



何も知らぬ妻には、知らぬままでいて欲しい。


祖父の企てなど。


黒玉を彷彿させる美しき眼。
その眼差しが、一族を‥‥‥自分を嫌悪する。


そんな結末を辿るなら、何も知らぬままで居て欲しい。






桜子の、熱を、弾力をもっと強く抱き寄せる。



「‥‥‥‥‥んっ」



鈴の打ち鳴らす声は、何より心震わす楽韻。




辿る指に、応える身体。






愛しさに、かなしくなる。




柔肌に刹那溺れ
なおのこと溢れる情熱。








「‥‥‥桜子」

「なぁに」





与えあった熱の、冷めてゆく気怠いひととき。



半身起こす白い肌に滑る黒髪が艶めかしい。

下から見上げながら、その頬に指を滑らせれば‥‥‥出会った頃より色香を讃えた眼が和らいだ。





妻をこれ程美しく艶やかに咲かせたのは、自分。

愛しんで愛しんだのは‥‥‥‥‥自分だけ。




「もし、私が儚くなり‥‥‥怨霊となれば」

「なにを言うの!」

「‥‥‥‥‥‥貴女は、家に帰りなさい」



見開く眼。

けれども一瞬のこと。




「嫌です」



頬に添えている惟盛の指に頬擦りをする。



「私は貴方の妻。何があっても離れません。それに、怨霊ならば再び死す事もないから‥‥‥ずっと側に居られるわ」




微笑は優しく、触れる唇の暖かさ。




「‥‥‥貴女をそこまで思わせる男は、果報者でしょうね」

「もう、貴方の事だと分かりきっているくせに。本当に素直じゃない仰りようね」

「ええ、私が果報者ですね」



竦める裸の肩を抱き寄せれば、再び始まる睦ごとの合図。





夏の暑さも

夜の静寂も



二人の熱に溶けてゆく。












重ねても重ねても、吐き出される事なき慄き。



惟盛が怯えるのは、死と‥‥‥‥‥その先に、あるもの。



闇より濃い、闇の果て。



 




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