重なる手






まだ午下がりのこと。


午睡に暮れようか、それとも絵巻物の整理をしようか。
暫し悩んでいた桜子は、ざわめく外の様子に気付いた。


「こんな刻に誰かしら?」


平家の‥‥‥清盛の孫に嫁いでまだ日は浅い。
自然、自分の下に訪れる者など限られている。



二日に一度、蒔絵や櫛などを手に訪れてくれるのは、清盛の正室の時子と。
二度ほど御簾越しに対面した清盛と。

後は一度だけふらっと挨拶に来てくれた、惟盛の父の重盛と。

昼間に訪れて来たのはこの三名だが。



「それにしては、随分と騒がしいわね」



恐らく女房達だろう。
騒ぐ声が段々と大きくなる。

その中で一人の名前が口々に囁かれるのを聞き、桜子は溜め息を吐いた。



「桜子様!!」

「分かっているわ、瑠璃」



自分と共に藤原家からやって来た腹心の女房が、慌てた様子で御簾を捲る。
彼女に短く返事をすれば。



降ろされた御簾はゆらゆら揺れる。



揺らめくそれに写る、影。



「どうぞ、お入りください。惟盛殿」



声を掛ければ優雅な手つきで御簾を巻き上げる。





日の光の下で彼の姿を見る。

初めて出会ったとき以来だろうか。



「貴女が宜しければ出かけませんか?牛車を用意致しますゆえ」



‥‥‥女房達が、大騒ぎするのも頷ける。



煌めく光を受けて、緩やかな波を打つ髪の美しさ。




桜子は、柔らかな笑みを浮かべる。



‥‥‥言葉にはしなくとも。


差し出す惟盛の手が、彼女の答えを確認した証。





指が触れ

重なる手。





 



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