父と子

 





渡殿をすべらかに歩く。


「‥‥‥‥‥‥」

「惟盛、どうかしたのか?」

「いえ‥‥‥」



父である重盛の問いに、隣の青年は言い淀むような素振りを見せた。

元来からこの息子は、関心の無い事には無口過ぎる傾向がある。
もとより気を許さない他人相手に微笑みかける、と言った器用なことが出来る人間ではない。



他人の機微を読むことに優れた重盛には、実の息子が不憫にも焦れったくも思うことが多々あった。



‥‥‥今回も口を開かぬだろう。


そう見当をつけていたが。



「そういえば、最近は静かだと思いまして」

「‥‥‥は?」



意味が解らなかったのではなく、ここで惟盛が口を開いたことに驚いた。


女房達が静かなのは、嘆き悲しんでいるから。
その原因は、すっかり雅びた息子の婚姻にある。

女に見向きもしなかった彼が、北の方の元には毎日通っているのだから。


(成る程な)


「お前の言う静かとは、御簾の内側のことだよな?」

「ええ。前は女の声や物音が騒々しかったものですから」

「‥‥‥お前、本気で理由が解らねえのかよ?」



半ば呆れて訊ねる。
すると眉根を寄せひた、と眼を合わせてきた。



「全く解りません」




(‥‥‥天然か、こいつは?)




重盛はいまや本気で呆れている。


あれ程あからさまな女房達の視線も。

「惟盛様〜!!」

と御簾の内で騒ぐ声も。

惟盛の『今光源氏の君』と評される容貌を垣間見て、手にした物を取り落とすその物音さえも。





(こいつの中では雑音ってわけだ)




あれ程の好意すら気付かない。
徹底した無関心ぶりは、いっそ清々しいかもしれない。



そこで、ふと疑問を持った。



「そういや、桜子姫はどうしているんだ?」

「別に。息災にしておりますよ」



即座に返る答えに眉を顰めた。
惟盛の言動は、新婚に思えないほど醒めている。

重盛は注意をしようとして‥‥‥‥固まった。
夜にも奇妙なものを目撃したのだから。




「では、父上。私はこちらに用がございますので」

「あ?‥‥‥ああ、またな」



桜子殿によろしく、と声を掛ければ良かったのかも知れないな。


重盛は頭を掻きながらそう思った。

そうすればまた、あの顔を見れるかもしれないのに。




「べた惚れじゃねえかよ、桜子姫に」







美しきものを、自然を、鳥を、花を、月夜を。

愛でる息子はとても繊細で、それ故に人の持つ欲と言うものを苦手としていたのに。

心配するほどに、他人に心を開くことは無かったのに。





『息災にしておりますよ』



他人事に取れる言葉。


庭を見遣りながら、どうでもいい様な素振りさえ見せても。





優しく緩む眼は、初めて眼にするものだった。





‥‥‥そして、惟盛が向かった先は、桜の姫の住まう室。


 



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