後朝の歌







「姫様‥‥‥桜子様。お起き下さいませ」

「う‥‥‥うん、あともうちょっと‥‥‥日が暮れる迄には起きるから‥‥」

「‥‥‥何をおっしゃっているのですか。もうとっくに午の刻でございます」

「‥‥‥嘘。だって、身体中痛くて‥‥‥」



気怠げに落とした呟き。
桜子は全てを思い出す。


痛む身体のその訳を。



「‥‥‥お顔が紅くなっていらっしゃいますわ」

「うっ。瑠璃は嬉しそうね」



手早く桜子に単衣の袖を通しながら、瑠璃は笑う。



「ええ。惟盛様と仲睦まじくいらっしゃったので、瑠璃は安心致しました」

「‥‥‥や、やぁね」



通称と同じ色に頬を染める主に、瑠璃は満足そうに笑う。



早朝‥‥‥よりも遅くになって、ようやく桜子の室から出て来た花婿の姿を垣間見た。

聞きしに勝る美貌。

横顔しか見ていない瑠璃ですら見惚れた。








今生の光源氏と謳われる惟盛と

咲き初めの桜と褒めそやされる桜子。



‥‥‥二人が並ぶ姿は、きっと。





「御二人はお似合いでございます。一幅の蒔絵の様でしょう」

「‥‥‥もう、瑠璃ったら」



更に言の葉を紡ごうとした時、平家の女房が一通の文を届けて来た。





薄紅の和紙に、
添えられた一振りの桜の枝。


彼が何を‥‥‥
誰を想ってこの花を選んだのか、問うまでもない。






「後朝(きぬぎぬ)の歌でございますわね、姫様」

「‥‥‥なんだか照れる‥‥‥」



文を開く桜子の指先迄もが、今や染まっていた。
こんなに愛らしい様子の主を、瑠璃は初めて眼にする。











『みかきもり
衛士のたく火の
夜はもえ‥‥‥



夢路に咲き誇る桜に心捕らわれた私を
憐れと御思いでしょうか』







「あら、上の句だけ。これは大中臣能宣朝臣の歌ね」

「まぁ‥‥‥惟盛様は姫様が下の句を御返し下さる事を願ってらっしゃいますのね。付け添えられた御言葉も情熱的ですこと」

「そ、そうね」



潤む眼差しで、桜子は筆を取る。

さらさらと流れるような筆蹟で歌を綴った。







『昼は消えつつ
ものをこそ思へ



貴方にとってこの逢瀬は
一夜限りの幻ではないか
そう思っておりました』







認めるは、あっと言う間に広がった恋。

桜子の言葉を否定すべく、
連綿と惟盛の想いが綴られた恋文。


桜子の元に届くのはすぐ後の事。













日を重ね夜を重ね

想いを重ねて




みちびく、夢灯籠。















『みかきもり
衛士のたく火の
夜はもえ
昼は消えつつ
ものをこそ思へ』


大中臣能宣朝臣


(御門を守る衛士の焚くかがり火の炎、まるで私達の恋にそっくりだ。

早く会いたい

朝が来ればかがり火は消えてしまう。
わたし気持ちも、あの人への恋に焦がれ、消え入りそうに)









夜の帳を待ち詫びて、今宵も訪なう。

‥‥‥再び始まる恋の歌。





 



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