誓い
触れ合う唇が、こんなに心地良いとは思わなかった。
今宵、とうとう男を‥‥‥婚姻を受け入れねばならない。
そう覚悟すればするほど身体は震えてきた。
見も知らぬ男と身体を合わせる。
朧ながらに理解しているものの、心は別。
瑠璃には心配を掛けたくない為平然としていたが。
本当は怖くて仕方なかった。
けれども。
「‥‥‥貴女で良かった‥‥‥」
唇を少し離して、綺麗な眼で囁く彼に魅了されている。
「私も」
「本当は、また会いたいと思っておりました」
「‥‥‥私も。本当は貴方が夫になる人だったら、って思っていました」
たった二度の邂逅だった。
否。一度で充分過ぎる程、引き寄せられる強烈な出逢い。
「惟盛殿。震えてる‥‥‥」
桜子の帯を解く指先の僅かな振動に気付いた。
苦笑しながら顔を上げた惟盛は、桜子の唇に吸い付く。
互いに角度を変えて、幾度も熱を与えあうと、やがて惟盛は身を少し引いた。
「‥‥‥実は、こうして女性に触れる事が初めてなものですから。どうすれば貴女を怯えさせずに済むのか、如何せん見当も付かなくて」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥嘘」
桜子は眼を見開いた。
光源氏の再来だと噂されている、光輝く美貌のこの人が。
こんなに美しいひとが、女と過ごす夜が初めてだというのだから。
「こんな時に嘘を付いてどうするのですか」
「‥‥‥そうですけど。何だか不思議で」
視線が絡み合う。
「今まで女性に触れたいと思った事もなかった」
熱くなる息に溶け込むように、潜ませたつもりの声。
しかし桜子の耳はしっかり捉えた。
「‥‥‥私、は‥‥‥?」
昨夜の強く強かな少女は今は成りを潜めて。
揺れる眼差しで自分を見上げる桜子は、女の表情を浮かべていた。
それは艶を含んだ芳香。
今までの惟盛なら、もっとも毛嫌いしていた、ものだったのに。
「さぁ‥‥‥どうでしょう」
曖昧な答。
けれどその眼は雄弁に語る。
桜子は恥らいつつも、そっと笑む。
これから重ね合わせる桜子の全身を、辿るように唇を這わせた。
言葉もなく、
心で誓い合った
三日夜の儀式の、始まりの日。
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