玉鉾の交わせし道

 




惟盛は、本当に渋々と渡殿を歩いていた。


今夜の月もまた、昨夜のようにうつくしく‥‥‥


なのにこれほどに気が重いのは、今から見た事のない女の元に忍ばねばならぬ、苦痛から。



ここ数年、惟盛が渡る度に、毎日の様に悲鳴が聞こえ、脇息などが倒れる音を掻き鳴らす御簾越し。



だが、今日は随分と静かだ。




重盛や重衡がここにいたならば、原因は瞬時に分るだろう。


だが、女性経験が皆無の惟盛にとって、それが女房達が泣いているからだとは知らなかった。

ましてや、自分の婚姻が原因などと。






―――どうせ、見知らぬ女と一夜を過ごさねばならぬなら‥‥‥




生意気で、傲慢で

露ほども女らしくもない、あの少女の方がまだましだ。











たどり着いた一室。





この御簾の中に、


今宵から共に生きねばならぬ





運命が居る。








小さく息を吸った。





「桜子姫。貴女に焦がれ、世を忍び参りました。
‥‥‥憐れと思し召しならば、私を迎え入れては下さいませんか」


重盛に、何度も教え込まれた文句をそのまま口に。


「‥‥‥そのような哀しい事を仰らないで下さい。あ、あの‥‥‥」



―――涼やかな、春の風のような声。







ああ、あの少女だ。








緩む心の奥。



彼女、ならば自分は‥‥‥





伸ばす指先が震える。


巻き上げる、木製の御簾の冷たさを。

早鳴る鼓動を、不思議だと思うこの胸も。



きっと、忘れる事はないだろう。







御簾の向こうに滑り入る。
暗黒に燭の灯る、薄明かりの世界。






「‥‥‥貴女が、桜子殿でしたか」

「惟盛、殿‥‥‥?」









三度目の出逢いは、

夜に花を閉じ込めて。





自然と伸びる腕。

昨日の反抗は何処へやら、吸い寄せられる様に胸に収まる少女。


初めて、
自らの唇で捉えた唇は、眠っていた何かを呼び覚ませた。







‥‥‥その夜は二人の誓いの儀式。




玉鉾の道を

共に

歩く為の‥‥‥





 



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