瑠璃

 



「宜しいですか、桜子様。決して大声を上げてはなりませぬ。真っ直ぐに視線を交わすのではなく、伏せがちに見つめて下さいませ。お言葉はゆっくりと、そして‥‥‥くれぐれも大人になさいませ」

「わかったわ」

「お口許は扇でお隠し下さいませ。はしたなく思われますゆえ‥‥‥」

「あのねぇ‥‥‥瑠璃。これでも私は大納言の娘よ?完璧な姫君の振舞いなど朝飯前だわ」



胸を張る桜子に、分かってない、と瑠璃はがっくりと肩を落とした。


主たる少女は十六歳。


贔屓目に見ずとも、息を飲む程美しい。



そして今日の許婚者を迎える為に、この歳まで恋の機会すら与えられなかった桜子を、瑠璃は憂えてもいた。




桜子は言わば由緒正しき血統の姫君。
時を遡れば帝の血筋も引いている。






軽々しく扱える姫君ではない。






普通なれば男が幾度も歌を送り、女が返歌をして初めての逢瀬となるのだが、平家の御曹司様はそれすらなかった。



今を時めく一族である事は分かっているが。

余りにもぞんざいな扱いに思えて、瑠璃は怒りを隠せない。



「‥‥‥くれぐれも、藤原家を‥‥‥」

「分かっているわ、瑠璃」



瑠璃の小さな呟きを拾った桜子は、不敵に笑った。



「私を誰だと思っているの?何があっても藤原を、お父上を馬鹿にさせたりはしないわ」



胸を反らして夕陽を背に受ける桜子は、息を呑む程に美しく、戦に赴く女神の様に凛々しかった。



「桜子様、私は貴女様にお仕えして参りました事を、誇りに存じます」

「なぁに?馬鹿ね瑠璃ったら。これからが大変なんだから、よろしく頼むわ。もうここにはあなたしか味方はいないんだから」

「はい‥‥‥はい、桜子様」


六波羅にある壮大な平家邸の一室で、新たに平家の家族となる予定の主従は手を握って笑った。












夜の帳が、降りようとしている。



 



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