祖父と父

 


先導する女房の後を歩きながら惟盛は庭を飽きずに眺めていた。


そうでもしなければ、御廉から感じるこの数多の視線に応えた、と誤解される事を身に染みている。

身に染み過ぎている、と言っても過言ではない程に。


それほど迄に惟盛の美貌は群を抜いており、また一種の禁欲的な生活が更に拍車をかけているのかも知れなかった。








「お呼びでしょうか、お祖父様」



どうせ、用件など知れているが。


許されるならば今すぐにも回れ右をして帰りたい所だが、勿論許される訳もない。

室内には清盛の他に、父の重盛が珍しく烏帽子を被って正座していた。

普段から礼装や礼儀等を面倒だと言い切る父の‥‥‥
ある意味奇行に、明日は雨が降るのでは、と惟盛は真剣に思った。




「今朝、藤原の姫は邸に参られたぞ」



いつになく上機嫌の祖父に「左様でございますか」とだけ返事をする。
今朝は今まで見た事がない程美しい曙だったなと、朝の光景を思い返していた。



「先程挨拶をして来たが‥‥‥稀に見る美しい姫。そなたにお似合いよのう」


「左様でございますか」


「御廉の中から零れる声もまた、鈴が振れる様に可憐で、なんとも我は嬉しく思った」


「左様でございますか」



俯いたまま面を上げない惟盛を見て、珍妙な‥‥‥いや、正装の重盛が口を出す。



「そんなに美姫なら是非俺が‥‥‥」


「重盛。お前は仕様のない奴じゃの」



何処か笑いを含む声はそのまま惟盛に向けられる。



「よいな、惟盛。これは我と実定殿の昔からの夢だったのだ‥‥‥そなたは今夜から三日間、姫の元を通わねばならぬ。くれぐれも姫を泣かせぬ様にな」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい、お祖父様」


「別の意味なら泣かせてもいいんだぜ?‥‥‥って、経験のねぇお前には無理だな」


「重盛。お前は全く‥‥‥」



からからと笑う重盛に呆れた清盛は、次に退室しようとしている孫を見た。




すわ光源氏か、と女房達が騒ぐ容貌の彼は浮かない表情で静かに出て行った。




 



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