舞姫

 

 


「あーあ、お前と逢うのも最後かな‥‥‥」


もの言わぬ心の友、桜の古木に抱き付いて、その幹に頬擦りした。


ここは桜子のお気に入りの場所である。

雑木林の中心に咲く、一本の桜。


この古木の周りだけ、木が生えていない草地がある。

こんな深くまで足を運ぶ者などいないから、いつも静かな刻を過ごせる。




「寂しいな‥‥‥」


桜子が姫君の立場から、真に解放される場所はここだけだった。


「今までありがとう」


徐に桜から離れた桜子は、懐から舞扇を取り出す。





今まで癒しをくれた桜に、感謝の舞を一差し。

袖を振り踊るのは、白鷺の舞。

















風を孕み

空を扇ぐ



夢のような恋に焦がれる、天の白鷺














‥‥‥惟盛は息を忘れて魅入った。

たまたま息抜きにと赴いた、優しい桜の古木の下のこと。





始めは、桜の木自身が舞っているのかと思った。



ひらひらと
袖が風を孕み




はらはらと
指先から零れ落ちる花片。





鮮やかに

うつくしく 夢のような舞姫



惟盛の眼を奪っていく‥‥‥




「あっ‥」


我を忘れて魅入る惟盛に、気付いた娘は動きを止めた。



恥ずかしそうに頬を赤らめて、扇を仕舞う。



光り輝くように美しい青年に、桜子の胸もまた時めいた。

彼に見られたのだと思うと、恥ずかしくて消え入りたくなる。





桜子は、慌てて踵を返す。










‥‥‥惟盛には、彼女が儚く消え入りそうに見えて

今を逃せば二度と逢えぬ、そんな気がした。




生まれて初めて、心底から見惚れた娘。
彼女が人外――‥‥‥桜の精であれど、構わない。

もっと知りたい。


惟盛は咄嗟に手を伸ばした。



「お待ちを‥‥!桜の君!」




ぬば玉の如く美しき髪がふわり、惟盛の頬を撫でる。



腕を掴まれた娘は、驚きの表情を浮かべて、掴んだ青年を見上げた。

瞳が黒曜石のように深い黒。
濡れて煌めいて、惟盛を誘っているかのよう。



‥‥‥桜の果実のように赤く小さな唇から、零れる声はきっと

鈴のようにうつくしく澄んでいるのだろうか。










「‥‥‥はあぁ?何言ってるの?頭おかしくないかしらこの人?」




確かに、鈴のように可憐な声音‥‥‥‥‥だったが。







初恋は

一瞬で散る

山桜






「‥‥‥こ、ここは私が先に目を付けた場所です。お退きなさい」


「な‥‥何なのこの人っ!?失礼ねっ!!」






一目惚れ。




しかし‥‥‥二人、互いの印象は最悪だった。






見惚れた事すら恥じる程に。



惟盛十七歳

桜子十六歳



美しき、春だった。



 



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