咲き初めし



 

「では姫、くれぐれも藤原の娘らしくするのだぞ?」

「はいはい、お父上ってば心配性なんだから」

「姫!!」

「はーいはいはい」



私だって姫様らしくしなきゃならない時は、ちゃんとするわよ。


桜子は扇で口元を隠して盛大な欠伸をした。

御廉越しの父には見えぬと安心しながら。


もうすぐ平家に移り住む事が決まった桜子の元に、今日も父は訪れる。



『通い婚』が当たり前の御時世。

だが桜子の場合は『平家に嫁ぐ』事に決まっている。


余程の異例を余儀なくされたのは



今の隆盛を誇る平家と、

旧家である事だけが魅力の当家。


両家の力関係所以のこと。






大納言藤原実定郷の一人娘、桜子。






黒玉の様に艶やかな髪と瞳の、健やかなる美の持ち主。



「実定郷の末姫は、咲き初めし山桜の如く可憐な姫君」




その噂は貴族達の口の端に登って久しい。
連日の様に届く文。


それらは、女房により入念に排除されている為

未だ彼女は、恋の綾すら知らぬまま。



来たる許婚者の元に嫁ぐその日の為。
戯れに摘まれぬように、真綿に包まれ育った、美しい少女。


それが、世間が桜子を語る時に使う言葉だった。











‥‥‥だが。


「お父上はもういないわね?今日も散歩してこようっと!瑠璃、よろしくね!」

「お待ち下さいませ姫様!‥‥‥ってもう、いらっしゃらない‥‥」




桜子の御付き女房であり乳姉妹の瑠璃は、今日も主の部屋で肩を落とした。

またもや、もぬけの殻‥‥‥









ほんの一握り。
身近な人物はこう語る。


藤原 桜子


‥‥‥貴族の姫君らしからぬ言動と、
少年並の行動力の持ち主である、と。






「嫁いだらきっと外になんて出られないし、今のうちよね」



乳姉妹の瑠璃の衣に着替え、髪を後ろに束ねる。

美しいが、ただの娘に見えぬ事もない。

お忍びで出る事、これ日常。










春の香に誘われて

外に繰り出した




咲き初めの山桜




 



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