隠詩 (1/4)

 




何となくする事がなくて、でも何をすればいいのか分からなくて。


そう言えば、とふとある男の存在を思い浮かべた時だった。







「ゆきちゃん」


手持ち無沙汰でやる事がないのも退屈。
自室を出れば、背後から名を呼ばれた。


「花梨ちゃん?こんにちは」

「今、時間あるかな?」


ことり、と首を傾げるのはこの世界の白龍の神子。

ショートカットの明るい茶色の髪は、彼女に良く似合う。
明るく話し上手。
初対面時で、少し人見知りなゆきの緊張を見事に解してくれたのは花梨だった。


「うん。特に何もすることないから外に行こうかなって思ったんだよ」

「良かった!!イサトくん、彰紋くーん!!ゆきちゃん捕獲成功!」

「ほ、捕獲!?」

「彰紋くんが珍しいお菓子を持ってきてくれたんだ。これは皆で食べなきゃと思ったんだけど、イサトくんしかいないから」


「食べきれない位一杯なの?」

「う〜ん。まぁそういうところ」


ゆきが尋ねると花梨は曖昧に苦笑した。


ちょっと強引な所もあるのに、全く憎めない。
それどころかゆきは、花梨に掴まれた腕を嬉しく思う。


‥‥誰にも愛される。


そんな所は白龍の神子の持つ資質なのだろうか。

ゆきの知るもう一人の神子を思い浮かべ、一瞬そう考えたが。


(‥‥そんな風に簡単に決め付けるのも失礼だよね)


『愛される資質』、なんてまるで努力せずとも人間関係が円滑に行くような言葉に聞こえるから。


「‥どうしたの、ゆきちゃん?」

「ううん、何でもない。この時代に甘いお菓子って珍しいよね」

「そうなんだよね。葛とか饅頭なんかもあるけど。無性にパフェとか食べたくなるんだよね」

「分かる〜!あと、チョコとか」

「うんうん。プリンも食べたくなるよね?」


だからゆきちゃんと食べたいんだよ。


そう言って、笑う。花梨は何処にでもいる女の子にしか見えない。
内面に持つ心は強いのだと、話を聞けばそう感じずに入られなかったけれど。


花梨の話によると、彼女が龍神に呼ばれてこの京にやってきたときは一人ぼっちだったと言う。



望美には譲がいた。

ゆきは最初に死にかけたけれど、お蔭で気が付いた時には優しい人達の庇護下に入ることが出来た。
白龍が身近に居たのもあったのだろう。
たまたまに見える縁は、神子と八葉を自然に集わせてくれた。


けれど、この京‥‥‥末法の世‥‥‥の龍神の力は弱い。


だからなのか、花梨は自力で八葉を捜し歩いたらしい。
院側と帝側に分断した勢力は、互いに牽制し合っていた。
そんな彼らに八葉として共に戦って欲しいと説得し、相反する天地の四神を一つに纏めて‥‥‥。


それはどれほど大変だったのだろうか。



「今度、八葉のみんなと観月の宴をしようって話をしてるんだ。ゆきちゃんは宴って経験ある?」

「宴?‥‥‥花見みたいな?」

「う〜ん。私も実は初めてだからよく分からないんだ。楽しみだよね」



朔や望美には、どこかで「姉」として慕っていた。

でも、花梨とはもっと近しい波長を感じる。


(あっちでは有川くんがプリンを作ってくれてた、な〜んて言ったら花梨ちゃん拗ねそう)


だから‥‥‥秘密。

















「彰紋くん、イサトくん、お待たせー!連れて来たよ」

「知ってる。さっきの花梨の大声、筒抜けだったぜ」

「え?イサトくんホント?」


あちゃー、首を竦める花梨に続いて、ゆきも御廉を潜った。


「お疲れ様です、花梨さん」


初めて入る室は、ゆきのそれと同等な広さ。
中には既にイサトと彰紋が座っていた。

片膝を伸ばして寛ぐイサトに対し、彰紋は姿勢を崩すことがない。


(それもそっか、東宮様だもんね)


にこにこと笑顔を浮かべる彼の、育ちの良さが今にも伝わってくる。


「お、お誘いありがとうございます」


ゆきは腰を落としながら彼に挨拶した。

固く緊張している姿に、イサトと花梨が吹き出す。

対照的に彰紋が悲しそうな表情をする。


「ゆきさん‥‥‥どうか普通になさってください。僕、あなたと仲良くなりたいんです」

「‥‥‥は、はい。じゃなくて、うん」

「良かった」


そんな眼をされたら頷くしかない。

そんな、純真な、純粋な‥‥‥捨てられた子犬のような眼。




一見穏やかで優しくて。
でも何を考えてるか分からない。
‥‥‥そんな言葉が当てはまる様な、ゆきの知己とは違う。


言うなれば、天使。


にこにこされると釣られて嬉しくなって、ゆきも同じような笑顔に変わった。

そんな二人を交互に見やり、イサトが怪訝な表情。



「?何もねぇのに笑ってるのか?変な奴」

「‥‥‥彰紋くん可愛いなぁって思って」



癖のある髪は柔らかそうで。
綺麗な蜂蜜の色。

弁慶よりも若いせいか、顔立ちは美人と言うよりも、可愛らしい。

首を傾げたり、はにかんだりなんかされたら、もう‥‥‥



「‥‥‥エンジェルだ」

「「‥‥‥?」」

「ぶっ」



ゆきの言葉に爆笑したのは、その意味が分かるただ一人だった。














彰紋が花梨に手渡したのは萌葱色に銀糸で花を刺繍した包み。
華美でなく上品な感じが、彼自身によく似合っていた。


「ある貴族の方から頂いたのですが、僕より花梨さんとゆきさんに似合うと思ったんです」


にっこりと、笑う。



(‥‥‥あれ、イサトくんの名前は‥‥?)


‥‥‥いや、きっと言い忘れているだけだろう。

花梨の指が、包みに巻かれた紅い紐を解いてゆく。
わくわくしながらその手元を見るゆきに、観察する様な視線が投げられていた。
けれど当の本人は気付かない。


やがて絹包みから出てきたのは、紅葉型の小さな砂糖菓子。


「わぁ!可愛い!」

「綺麗!」


歓声は二人の少女から。
イサトも興味深げに視線を向ける。
それを、彰紋は笑顔で見守った。


「ほ、本当に貰っていいの?」


正面の彰紋におずおず尋ねる。

だって多分、これは珍しいもの。
もう一つの京でさえ、割と高価だったのだから。


「ええ‥‥‥あなたに」

「ありがとう!」


イサトと花梨は既に手を伸ばしていた。


「うめぇ!」

「ゆきちゃんも食べて。おいしいから!」

「うん」


ゆきも一つ摘む。

上品な甘味が口の中で、ほろほろと解けていった。


「本当、甘くておいしいっ」







「‥‥‥良かった。思わぬ邪魔が入りましたが、ゆきさんが気に入って下さって」








(‥‥‥‥‥‥ん?)



「どうかしましたか?」


向けられるのは、純真な笑顔。

まるで手の中のお菓子みたいに甘くて可愛くて。


(聞き間違いかな。彰紋くんがそんな言葉を使うはずないし)


「何でもない。彰紋くん、いい匂いがするって思ったの」


それは咄嗟にポロッと出た一言だった。


「本当ですか!?僕、自分で沈香を合わせて薫き染める事が好きなんです」


けれど、満面の笑顔を浮かべる彰紋を前にして、
まさか「適当に言っちゃったんです」
なんて言えなくなった。


「まだ師事する程でもありませんが、宜しければ今度お教えしましょうか?」

「‥‥‥え?あ、うん。お願いします」

「では、僕はゆきさんの師になるんですね。楽しみです」

「彰紋っ!話が違 「約束したでしょう?イサト」





(‥‥‥‥‥‥あれ?)





彰紋は笑顔。

イサトは固まっている。

黙々と食べている花梨は、何だかぎこちない。




何処か冷気が漂う辺りまで‥‥‥既視感を覚えるのは、きっと。



(気のせい‥‥‥‥だよね。彰紋くんに限って、ないない)









小さな紅葉をもう一つ口に放り込む。

甘くて‥‥‥少しだけ、不思議な味がした。




 

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