始まりは唐突に【共通】 (1/1)

 



その日の眠りは何だか違った感じがした。






‥‥‥そう思ったのは、ずっとずっと後になってからの事だけど。






自分の大切なもの、全てが夢で

手にしたぬくもり、全てが幻のようで‥‥‥





どうして、運命はいつも突然訪れて

ひとときの夢すら奪ってしまうのだろう。













夢幻の恋花火










「‥‥‥っ」

「あ、目が覚めた?」



ちゅんちゅんと、雀の歌声が気になって意識が浮上する。

自分が眠りから目覚めるのだ、と気付いたゆきが次に耳にしたのは馴染みのない声だった。

あれ?と思って急激に覚めたのは頭と眼。



「良かった。目が覚めなきゃどうしようかと思った」

「‥‥‥?」



(あれ?誰だろ‥?)


おかしい。
昨夜はちゃんと自室で眠ったはずなのに。


梶原家の京邸で、景時に与えられた自分の部屋で。




目の前にいるのはショートカットの女の子。
人懐っこい印象で可愛らしい。
多分同年代であろう少女は‥‥‥初めて見る。



「‥‥っ、‥‥‥?」



再び喋り出そうとしたゆき。

けれど喉の違和感に気付いて、顔を顰めた。



「あ、ごめんね!三日間も眠ったままだから喉も渇いたよね!」



お水貰ってくるねー!!


と足取り軽く出て行く後ろ姿を見詰めながら、ゆきはぼんやりと首を傾げる。



(ここ‥‥‥どこ?)



少なくとも、生まれ育った文明社会なんかじゃない。

部屋の入り口には御廉。

邸の造りは純和風と言うべきか。
灯りは電気ではなく、室の隅にある燭台を利用しているのだろう。


それだけならば、ゆきが住んでいるあの世界と変わらない。



(なのに何でかな。怖い‥‥‥)



押し寄せるのはどうしようもない不安感。



違う、と。


初めて梶原邸で目覚めたあの日と同じような、心細さが押し寄せて来る。


(あの時は、朔が笑ってくれたっけ‥)


さっきの子と同じ様な、安心させてくれる笑顔で。



涙ぐんで、褥に半身を起こしたまま俯いたゆきだから、近付く足音や気配に気付かなかった。



(‥‥‥‥え?)



背後でふわり、空気の震える気配がして。



「目覚めたのだね。君の眼で早く私を捕らえてくれないかな、眠りの姫」



回される腕。
耳元に低音が艶めく。



「‥‥‥‥っ!?」

「ああ。これはこれは可愛らしい姫君だね」



ゆきの知り合いの赤髪の美少年。

同居中の蜜色の美貌の青年。

更には銀の髪の青年からも、甘い囁きなんか聞き慣れている。



けれど振り向いた先にいるのは、鮮やかな緑の流れる清水。

男の微笑は艶がありすぎて―――暫し本気で見入ってしまった。












「女性と見ては口説く癖をやめなさいと言った筈です!こちらのお嬢さんは神子殿の客人だと知っているでしょう」



ゆきを背後から抱き締めて来た男「翡翠」。


彼に噛み付いている青年がいる。

彼は藤原幸鷹と言う名の、天白虎らしい。
眼鏡で生真面目そうな所が譲と共通している、と微笑ましく思った。



「まさか、ゆきちゃんが未来から来た人だなんて、びっくりした」

「うん。私もびっくりした‥‥‥まさか別時代の龍神の神子と八葉に会えるなんて」



ゆきは花梨と顔を見合わせると、小さく笑い合った。








あれから水を持って来た白龍の神子――高倉花梨と後で名乗った少女が、

『またタイムトリップしたのかな』

『タイムトリップ?まさか‥‥‥』

という、ゆきの小さな呟きに食い付けば、直に二人ともハッと気付く。






「平成」からやって来た同士だと、気付いて。






‥‥‥勿論その前に、翡翠が花梨と一緒にやって来た数人の八葉によって引き離されている。


『私がいたのは源平合戦の時代なんだけど』


とゆきが端的に話すと、流石は現役女子高生だった花梨。
理解に早かった。


『うーん。多分ね、ここは平安時代の中期ぐらいだと思うんだ。源氏と平家はいがみ合ってるけど、戦まではないから』

『戦!?お前の居た所では、源氏と平家で戦が起きているのか!?』


説明する花梨の隣で、しなやかな体躯の青年が眼を見張る。

あちゃー、と苦虫を潰す花梨に、ゆきは眼で問うた。


『勝真さんはね、平家の人なの』

『‥‥‥平家?あ、もしかしたら‥?』

『うん。八葉の一人、地の青龍だよ』

『俺は平勝真だ。よろしくな』

『‥‥‥‥‥‥‥えええー!?』

『あ、ちなみにこちらは天青龍の』

『源頼忠です』

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥ええええーっ!?』



(逆?てゆうか源氏と平家仲良し?てゆうか天地逆?)


決して二つの氏が仲良しな訳でなく、二人が特殊なのだが。
そんなこと全く知らないゆきは、彼女の知る青龍と比べて眼が真ん丸になっていた。












「で、泉水さんが天玄武なんですね。敦盛くんと似てるなあ」

「‥‥‥そうなのでしょうか?私如きつまらぬ者に似ているなど、そのような‥‥‥」

「え?っと‥‥‥優しくて綺麗な気はそっくりだよ」


(女の子よりも綺麗な所もね)


なんて、はにかみながら挨拶してくれる彼の前では、言えないけれど。



「‥‥‥えーと、彰紋‥‥さん、が地の朱雀‥‥‥」

「はい。ゆきさん、どうか僕にはもっと気楽にして下さいね」

「い、いいええ!!滅相もございません魔王様!!」

「‥‥‥ま、お‥ですか?」

「あはは、こっちの話」



どうやら同じ様に物腰の柔らかい地朱雀でも、こちらは純粋培養らしい。



(な〜んて思ったの、弁慶さんにバレたら新薬の実験台行きだなあ)




驚いたのは、イサトと名乗った少年が‥‥‥天朱雀だったこと。

如何にも「女性に免疫がありません」と顔を仄かに赤くしている少年が‥‥‥。






あのヒノエと同じだなんて。






「詐欺だ‥‥‥朱雀って、女たらしの代名詞だと思ってたのに‥‥‥」

「な、何言ってるんだお前!!」

「ゆきさん‥‥‥」



イサトが真っ赤になり、彰紋が悲しそうな表情を浮かべる。



‥‥‥やっぱり詐欺だ。












笑っていいのやら泣いていいのやら。

曖昧に微笑を浮かべながらゆきの眼は、室内の様子に無関心に佇む青年に寄せられた。



(‥‥‥‥‥‥うそ)



どきり、と心臓が大きく音を弾ませる。





彼があまりにも父に似ていたから。



(でも‥‥違う。お父さんじゃ、ない)



それでも懐かしくて、涙が出そうになる。



「あ、あの人はね、泰継さん。地の玄武だよ」

「泰継さん‥‥‥安倍泰継?」

「‥‥‥え?うん、そうだけど‥‥‥なんで分かったの?」



花梨の驚く声を耳に拾ったのか、泰継がこちらに眼を向けた。


絡む視線。





‥‥‥やっぱり、この人は父と似ている。





「‥‥‥知り合いの人と似てるから。その人も安倍家で、ね」

「ふぅん、そうなの?ゆきちゃんの時代にいる地玄武の人も、安倍家の人なんだね」

「‥‥‥‥‥‥」



言葉をなくしたゆきを心配したのか、花梨が徐に腕を引く。



「そういえば、翡翠さんの四神を言ってなかったよねー?」

「あ、そうだね。って残りはと言えば‥‥‥‥‥‥」



ゆきが顔を上げる。






周りの男達は若干呆れた眼で見守る(?)なか

幸鷹に説教(?)されながら

ゆきと眼が合うとドキッとする様な、流し目を送ってくる


あの世慣れた風体の色男は――‥‥‥






「‥‥‥‥‥‥地の白虎‥?」

「うん、正解!」

「あのな花梨。残りは一つしかないんだ。間違える奴なんかいないと思うが」

「いいんですー。勝真さんは黙ってて!」




二人のやり取りも、今のゆきには遠い。










(か、景時さん!!景時さぁぁぁぁぁぁぁん!!)



あまりのギャップに壊れそうな、元宮ゆき十七歳‥‥‥









嗚呼、皆のところに帰りたいです。






  

   
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