恋繋ぎ (1/1)







「なぁ花梨、あいつはどこに行ったんだ?」

「あ、勝真さん。ゆきちゃんなら居ませんよ?」

「居ない‥‥?約束したんだが」



ゆきが居候している藤原邸を訪れた勝真は、白龍の神子の返事に眉を寄せた。

‥昨日は確かに約束した筈だ。
見回りを終えて、迎えに来たというのに。


そこまで考えて、はっと気付く。
同時に花梨が首を傾げた。



「ゆきちゃん、勝真さんを迎えに行くって言ってましたけど。もしかして、待ち合わせとか決めてなかったんですか?」

「‥‥‥‥‥あぁ‥‥そう言えば、あいつが大人しく待つ筈がなかった‥」



眼を離せばすぐ、京の街中に繰り出してしまうゆき。
思えば、勝真が初めてゆきの事を考え始めたのも、街中ではなかったか。

そうだった。
今日の約束をした時に、此処で大人しく待つようにと言い聞かせるのを忘れていた。

認めるのは複雑だが‥‥確かに少し舞い上がっていたのかもしれない。


(ほんっと、この二人は相変わらずだな)


勝真の首ががくっと下がるのを、花梨は吹き出しそうになりながら眺めた。



「ふふっ、仕方ないですよ」



勝真の背後で笑いを含んだ声が響く。
振り返れば、蜜色の緩やかにうねる髪の持ち主が、上品に笑っていた。



「ゆきさんは、あなたの騎乗姿が殊の外お好きだそうですから」

「‥‥‥は?」

「彰紋くんの言うとおりです。ゆきちゃんね、『勝真さんが馬に乗ると王子様みたい‥!』ってそりゃぁもう耳に蛸が出来て刺身に出来るほど話してくれるんです」

「ええ。今朝、僕がこちらを訪れた時にお会いしましたが『早めに出たらお仕事姿を見られるかも』とそれは嬉しそうでした」

「まぁ勝真さんはね、王子様と呼ぶには少しアレだと思うけど」

「か‥‥花梨?」



一部、意味不明の言葉があったが。
おうじ、とは何だ。アレとは何なんだ。

だがそれを口にするよりも、二人の言葉の主な部分に照れる。



「僕も乗馬は出来るんですが、流石に勝真殿には敵いません。天女の御心を射止めたあなたを羨ましく思いますよ」

「へぇ。彰紋くんでも羨ましい事があるんだ?」

「ふふっ。花梨さんは勇気がおありなんですね」



実に良く似た笑顔で会話を進めていく二人の周り、気温が下がったのは気の所為か。
いや実際は気の所為ではないのだが。



「お前達‥‥‥いや」



歳若い二人の潜められた喧嘩を止めようとした。
が、矛先をこちらに向けられては堪らない。

肩を竦め、勝真はその場を後にした。















「神泉苑、朱雀門‥‥じゃぁ、次は東寺かな?」



確か今日の見回りルートは南東方向だったはず。

そう確信して、朝から張り切って出たものの、愛しの君とは遭遇できないまま。

でも、ゆきの読みは外れていなくて、さっき朱雀門で会ったイサトに


「勝真?さっきまで見回ってたぜ」

「ほんと?よしっ!」

「おい、どこに行くんだ!?‥‥って聞いてねぇな、あいつ」



と教えてもらった。

そうなると、次の行き先は‥
ゆきは胸元からこっそりメモを引っ張り出す。



「うんうん、東寺に出発っ!」

「───馬鹿かお前は!」



グッと拳を握ったゆきの頭にべしっと押さえるように手が降りてきた。
びっくりして上を見て、真面目だった表情が一気に綻ぶ。



「勝真さん!‥‥あれ、見回りは?」



いつの間に終わったというのか。
仕事姿(見回り)を目撃できると思っていたのに。



「俺は馬に乗っているんだ。徒歩のお前が追い付く筈がない」

「うっ、そうでした‥」



苦笑するゆき。

どうやら、本気で勝真に追い付く気で居たらしい。
どこか悔しそうな彼女を見れば、迷子とか誘拐だとか、心配していた事への怒りなど何処かに消えて。

‥‥代わりに呆れとくすぐったさが入り交じった、何とも言えない感情が沸いて来る。


それが「溺愛」と呼ぶものだとは気付かずに。



「‥‥‥これからは邸で待っていろよ。お前を探すのは骨が折れる」

「ううっ、だって‥‥」

「どうした?言いたい事があるならちゃんと言えよ」

「だって、お仕事してる勝真さんをこっそり見たかったんだもん」

「はぁ?」



予想外の言葉を返される。
当然の如く、勝真には意味不明。


仕事している自分を見て何が良いと言うのか。

そもそも、「こっそり」見る必要はないだろうが。


胸に浮かんだ問いを素直に口に乗せる。
すると真っ赤に染まるゆきの頬。



「街に異常はないか、怪我人や病人はいないか、犯罪は‥‥って、真剣な顔で見回りしてる勝真さんを見たくてねっ‥‥」


だってだって、勝真さんは恰好いいんだよ。


そう続けた、それはもう惚気としか取れないような言葉。
言ったゆきは自分の台詞に照れてしまった。



「‥‥そんなに見たいなら最初から言えよ。今度一緒に行ってやるから」



優しい声と共に、伸びてきた大きな手が、滑らかな髪に触れる。



初めて一対一で会話した時も、彼はこうして頭を撫でてくれた。


その仕草と大らかな笑顔に惹かれて‥‥‥。

けれどそれは、ゆきだけの秘密。



「う〜ん。それだと意味ないんだなぁ」

「意味がない?」



頭上に置いた手をゆきの白い手が包み、そのまま頬擦りする。


これは甘える時の、彼女の仕草。

無意識の訴えなんだと勝真が気付いたのは、心を通じ合わせた日の事だった。



「私ね、贅沢なんだよ。傍に居てくれる時の勝真さんが大好きだけど‥‥京職のお仕事してる時の勝真さんの真剣な顔も好き」

「‥‥そうか」



素っ気無い声とは裏腹に、ぐっと乱暴な手がゆきの頭を引き寄せる。

ぼすっと収まる大きな胸の中。


‥もしかして。
ゆきはそぅっと顔を上げた。



「勝真さん、照れてる‥?」

「ゆき!‥‥‥少し、大人しくしてくれ」

「わっ」



視界が真っ暗になるまで、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。

──勿論、ゆきも真っ赤になったけれど。



「あ、あのね、勝真さん!」

「黙っていろと言っただろう?」

「いやあのだって───!ここ、外‥!」




思い切り京の街中だったりするのだ。

それも建物の蔭とかではなく、往来のど真ん中というか。


しかも勝真に声を掛けられる直前までイサトと話していた。
あれから時間はそう経っていない。

と、いう事は‥‥‥

恐る恐る首を巡らせる。



(う、わぁぁぁっ!!)



ゆきは慌てて勝真から離れた。


二人から10メートル位離れた辻の辺りで、髪と同じ色に肌を染めている少年が、一人。

ばっちり眼が合うと、彼は弾かれたように身を翻していった。



(ああああ!ごっ、ごめん!イサトごめんっ!!)



青少年に不適切なものを見せてしまった‥‥!!


と、ツッコミどころ満載な思考を巡らせている。
紅くなったり青くなったり、まるで百面相だ。

そんなゆきの頭上で、吹き出す声がした。



「面白い女だな、お前は」

「うっ、褒めてない‥!」

「見回りはもう済んだが、これから二人で出かけないか?」



快活な笑顔とゆきの頭をがしがしと撫でる手。

その一言で今までの気分がすっかり喜色だけに染まるゆきは、少し自分に呆れる。



「馬はさっき繋いできたからな。そこまで少し歩くぞ」

「‥‥乗せてくれるの?」

「あぁ、来いよ」




当たり前のように差し出された手が、嬉しい。

肩肘張らない彼の笑顔が、嬉しい。



「───うんっ!!」



ゆきの手は強く包まれた。










「あ、勝真さん」

「ゆき?」

「お誕生日おめでとうございます」

「‥‥?何なんだそれは」



ゆきの世界の風習を知らない勝真は首を傾げる。



「あのね‥」



頭より高い位置にあるその耳に、ゆきは唇を寄せて。



「‥‥‥‥っ!?」

「勝真さんが生まれた日。生まれてくれてありがとうって祝う日なんだよ」



内緒話を聞く為に少し身を屈めた勝真の頬に、そっとキスをした。

不意打ちに一瞬だけ固まる横顔を、じっと見る。



「‥‥私、照れてる勝真さんも好き。本当に贅沢なんだね」

「贅沢とは言わないだろう‥‥‥だが、ありがとな」

「お礼言われる事じゃないんだけど‥」

「お前に会えて良かった、ゆき」



今度は唇に。
どちらからともなく触れる唇は一瞬だけ。



「‥あ!プレゼント邸に忘れて来たっ!!」



‥‥‥甘い余韻は、叫び声で綺麗に掻き消えた。











恋繋ぎ






サブタイトルは「ちょっとした視姦」←ヒロイン(笑)


勝真さんは連載が始まっていないのに、連載後の番外編を書くってどうよ!と思いながら書きました。
と言うわけで設定は連載終了後です。


勝真さん、おめでとう!
大好きです。
本当に本当に大好きですっ‥!
20090419

 



   
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