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三草山での戦の後

重衡お兄様の消息が途絶えた


‥‥‥源氏に捕らえられたか、既に亡き者か。

雪見御所の者達は一様に沈痛な面持ちだった。



例外なのは知盛お兄様と‥‥‥


































紫陽花の美しい庭。

今年は、戦で眺めることが叶わなかった。


帰還した時には花が散っていて、暫くすれば陽射しが強くなる。
雪見御所の名にそぐわぬ蝉時雨の季節となった。







『‥‥‥なぁ絢子、聞いてもいいか?』


『私にお答え出来る事でしたら何なりと、還内府殿』


『あー‥‥‥ったく、予防線張るなって』



六波羅の庭に残るのは私一人。


お兄様達を含め他の武将達はそれぞれ散っている。


‥‥‥知盛お兄様は間違なく、眠られているだろうけど。



桜の木に遮られ、此処に差し込む月明かりはごく僅か。



『絢子、お前』


『‥‥‥海に参りませんかしら?朧の月波を眺めるのも、風流でございましょう』


『は?‥‥‥‥‥‥ああ、そうだな』



将臣殿は一瞬考え、その理由を思い至ったらしい。














雪見御所に近い砂浜。

此処ならば四方に障害物がなく見渡せる。
声が聞き漏れる範囲には樹木はなく、つまり『聞き耳』の心配もない。


月に照らされた白波の奏でる音のみが、唯一の楽。
 


『‥‥お前、大丈夫なのか?』


『大丈夫、とは‥‥‥何のことでございましょう?』



静かな、けれど迷いがち。

背後から問いかけた将臣殿に、曖昧に問いを返す。












‥‥‥彼に話しかけられたときから、分かっていた、何もかも。














『なんつーかさ‥‥‥三草山からこっち、お前の話をまだ聞いてなくてな』


『‥‥‥将臣殿。素直にお聞きになりたい事を仰って下さいませ』



踵を返して正面を向く。


決まり悪そうに頭を掻く将臣殿。
やはり振り返らず、海を眺めて居れば良かったと少しだけ悔いる。



『お気を遣われなくても結構ですわ。私が何故こうして居るか不思議なのでしょう?』



こうして、涙一つ零さずに。

お兄様の事を伺った時ですら、冷静に次の事を考えていた私を。







何も言わぬ事が、即ち答え。

だから私も、用意していた言葉をそのまま紡ぐ。



『私は軍師ですわ。一門の為に動くならばもう、悲しみに暮れる時間は残されていませんでしょう?』


『‥‥‥‥‥‥お前はいいのかそれで?言っとくが、俺が聞いてんのは軍師じゃなくて、絢子、お前自身な』



‥‥‥優しい人。


彼自身、お兄様を失った哀しみと、責任感で苦しんでいるはずなのに。

この問いが、此処で投げ掛けられると、識っていた。
それでも瞼が熱くなるのはきっと、私が未熟だからなのだろう。




けれど私が答えられるのは、ひとつ。



『お兄様は生きておられます』



何と答えるべきか悩む将臣殿に笑い掛ける。







‥‥‥そう
あの方は生きている。












『生きているわ。だからこそ浄土に逝けない。お兄様も‥‥‥私も』





この先に待ち構えるのは



苦しみ、足掻き、心が壊れても

生を選ばねばならぬ‥‥‥修羅








桜、ひとひら


第八話、闇か光か

 

  
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