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『絢子!』


『分かっておりますわ!』




こんな風に声を張り上げて

こんな風に人を斬る





‥‥‥見知らぬ人の命を、断つ為の刃を

躊躇する事はない。




『チッ‥‥‥キリがねぇ!』




今や平家に不可欠な人物が舌打ちしている。


その隣に、刀を振るいながら近付くのは‥‥‥銀の髪。




『どうやら陽動ですね』


『ええ』




頷く私。

重衡お兄様は普段とは違う、厳しい眼をなさっている。




『お前らもそう思うか?』


『ええ。今頃、本隊は恐らく六波羅に着いてる筈ですわ』


『‥‥‥‥知ってたのか?罠だと』


『ええ』




私の言葉に二人の兄‥‥‥正確には重衡お兄様と、重盛お兄様に似た将臣殿は一瞬、沈黙した。




源氏の総大将・九郎義経の腹心で軍師の男の策は見事。






兵を二分し福原に向ける。
本隊の他に少数の兵を用意し、獣道から攻める。


‥‥‥同時に、平家縁の地を襲撃して気を逸らし‥‥‥‥‥‥
主だった将を鎮圧に向かわせその隙に、六波羅を、お母様を墜とす。







‥‥‥二人の兄は共に、最悪な想像が付いたのだと思う。




『あちらの軍師は、幾手も先を読むと聞きますよ、将臣殿』


『らしいな‥‥‥だけどな、こっちの軍師も負けてないぜ?』


『ええ、勿論』




二人は頷いて、半歩後ろの私を振り返った。

‥‥‥源氏方の兵を屠りながら余所見をする豪胆さ。





優雅で優しく美しい白牡丹の君と呼ばれたお兄様の、一面。

胸が動悸を覚えて苦しくなる。




『ご心配は不要。既に六波羅には、猫一匹たりとおりませんわ』


『‥‥‥は?どういう事だ、絢子?』












―――脳裏を掠めるのは、罪にもがく貴方の姿。




耐えられなくて眼を閉じて、一瞬の後に再び開けた。





『‥‥‥ひらひらと舞う蝶が数羽六波羅に居る。そんな知らせを受けておりましたから』


『間蝶が居たと?』


『ええ』


『‥‥‥ですがその様な知らせは、父上にも届いていませんが‥‥‥』







‥‥‥ええ。そうでしょうね。



心中でぽつり、呟く。








『蝶が鎌倉に発つのを見届けてから‥‥‥お母様方には海上に避難して頂きました。
今は残った者に源氏の到着を見計らって、邸に火を放つ様に命じております』




還内府の立場として、この策を如何に思うか。


こちらをじっと見る将臣殿の答えは、既に胸の内に在った。




『‥‥‥六波羅を捨てるってのか?』


『命より大切なものなど、ございませんもの』


『‥‥‥そっか。そうだよな』






‥‥‥貴方なら、そう返して下さると思っていた。

平家を大切に思う貴方なら、名より実を重んじると。






予想通りの還内府に安堵しつつ、私は重衡お兄様の眼を見る事が出来なかった。







‥‥‥怖かった。







命の重さを説きながら

敵兵を斬る私を




流れる血を浴び、屍体を踏み越えて

刀を振るう私の姿を




喜々として、人を斬る私の

もう一人のお兄様に似ているこの性を







‥‥‥‥重衡お兄様、貴方の眼にどう映っているのか。















人の命でなく、平家でもなく、他の誰でもなく





どんなに時を経ても、私が欲しいのは‥‥‥たった一人の幸せ。








桜、ひとひら

七話、この心、揺るぐこと







 

  
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